「排除アート」が映すもの2―排除されたのは「移動困難者」

レポート
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大阪駅前の歩道に敷き詰められた「排除アート」問題について、ぼう•けん 防災×建築計画研究所 のぼう・けんさんのリポートをベースにお届けします。
前回の問題提起はこちら

1.8mのメッシュフェンス。

JR大阪駅御堂筋南口前に設置された約150個の突起物。
「危険ではないか」
「排除アートではないか」
そんな声が相次いだことを受け、大阪市は9月末、車道側に高さ約1.8mのメッシュフェンスを設置した。

これで問題は解決したのだろうか。

現場を見てみると、むしろ逆だった。フェンスによって人が入れなくなったそのすぐ横で、配車アプリで呼ばれたタクシーが停まり、高齢者や車椅子利用者が乗り降りしている。
しかもそこは、本来なら駐停車してはいけない横断歩道付近である。
危険だから人を入れない。そのためにフェンスを設置した。

ところが、その結果として、移動に助けを必要とする人が、より危険な場所でタクシーに乗り降りすることになっている。今回考えたいのは、「フェンスが正しいか、間違っているか」だけではない。もっと根本的な問いである。

公共空間の「安全」は、いったい誰を基準に考えられているのだろうか。

「入れなくする」ことで安全になったのか

大阪市がフェンスを設置した理由そのものは理解できる。
もともと植栽帯だった場所で、樹木が枯れた後、放置自転車や不法投棄などが問題になった。
そこで7月、約150個のレンガ状の突起物が設置された。
しかし「つまずく危険がある」などの指摘が相次ぎ、今度はフェンスが設置された。突起物からフェンスへ。

確かに、「そこへ人を入れない」という目的だけを考えれば、一歩前進なのかもしれない。しかし、公共空間の安全とは、本当にそれだけなのだろうか。

現場では、別の問題が起きている。

大阪駅御堂筋南口でタクシーを必要としている人がいる。高齢者。車椅子を利用する人。大きなキャリーケースを持った旅行者。小さな子どもを連れた家族。

元気な人なら数百メートル歩くことが何でもなくても、その数百メートルが大きな負担になる人たちである。
そうした人たちが、配車アプリで駅の近くまでタクシーを呼ぶ。それは、ごく自然な行動ではないだろうか。ところが、そこには安全に乗り降りできる場所がない。

そして今回、歩道脇の空間がフェンスで完全に閉じられた。結果として何が起きるのか。横断歩道付近や車道上で乗り降りするしかなくなる。

「危険な場所だから入れないようにした」という安全対策が、別の場所に危険を押し出している。

ここを見なければ、この問題の本質は見えてこない。

ぼう・けんさんが提出した陳情

この問題について、「ぼう・けん 防災×建築計画研究所」から大阪市会へ陳情が提出されている。

[陳情第301号]JR大阪駅御堂筋南口前における歩行者の安全確保とタクシー乗降場の整備に関する陳情

【陳情の趣旨】
1.道路台帳上「歩道」であるJR大阪駅御堂筋南口前の旧植栽帯区画(突起状ブロック設置場所)について、バリアフリー法等の関係法令に適合させ、歩行者の安全かつ円滑な通行を確保すること。その上で、景観に配慮した植栽帯など、適切な立ち入り抑制スペースの在り方を改めて検討すること。
2. 当該区画および道路反対側において、近年の配車アプリによるタクシー利用の実態を踏まえ、一般歩行者および車両の安全を確保するため、数台程度の「アプリ対応タクシー乗降場」の整備を検討すること。

【陳情の理由】
御堂筋南口前の歩道区画に設置された突起状ブロックは、転倒時の危険性が高く、バリアフリーの観点や都市景観の面からも不適切であり、本来あるべき歩道としての安全確保・再検討が必要です。
また、当該エリア(排除アート設置側および道路反対側)は、適切な乗り場がないにもかかわらず、現在スマホアプリ等で手配されたタクシーの乗降が頻繁に行われており、無理な停車が常態化しています。現状が実際の交
通需要(実需)」と大きく乖離しており、歩行者や後続車両の安全を脅かしています。
法令に適合した安全な歩行空間の確保と同時に、実需に即した数台規模の専用乗降場の整備を一体的に検討することを求めます。

求めたことは大きく二つ。

一つは、突起物が置かれた旧植栽帯について、安全な歩行空間として再検討すること。もう一つは、現実にタクシー乗降需要が発生していることを踏まえ、数台程度の「アプリ対応タクシー乗降場」を検討することである。

ここで重要なのは、単に「突起物を撤去してください」という陳情ではなかったことである。なぜ人がそこへ入るのか。なぜタクシーがそこへ来るのか。
現実の使われ方から、駅前空間そのものを考え直そうとしている。

これに対して大阪市建設局は、旧植栽帯前の車線について、横断歩道や交差点から5m以内であり、道路交通法上、タクシー乗降場を設置できないと説明した。

(建設局の見解)

301号の陳情項目2につきまして見解を述べさせていただきます。  

陳情の趣旨は、JR大阪駅御堂筋南口前の旧植栽帯空間、また道路反対側において、一般歩行者及び自家用車の安全を確保するため、数台程度のアプリ対応タクシー乗降場の整備を検討することを求めるものでございます。  

当該植樹帯の前の北行き車線は、横断歩道や交差点から5m以内に位置し、道路交通法により駐停車が禁止されているため、タクシー乗降場を設置することができない区間となっています。  北側のJR高架下につきましても、北行き・南行きともにバス停留所として運用しており、タクシー乗降場を設置可能なスペースはございません。  

以上のような状況から、当該道路におけるタクシー乗降場を設置できる可能性のあるスペースは限られており、また当該道路は車両等も多い幹線道路であるため、タクシー乗降場を設置した場合は、客待ちタクシーなどが連なり、一般車両やバスの走行が阻害されるなど、JR大阪駅周辺の安全で円滑な道路交通に影響を及ぼすことになります。  

当該エリアのタクシー乗降需要への対応といたしましては、鉄道事業者の敷地内に設置していただいております、大阪駅前広場、桜橋口の乗降場をご利用いただきたいと考えております。

北側のJR高架下についてもバス停留所として使用しているため、スペースがないとする。ここまでは理解できる。法律上できない場所に乗降場をつくれ、という話ではない。

問題はその先である。

「できない理由」の説明で行政の仕事は終わるのか

大阪市は、JR大阪駅周辺には車両が多く、タクシー乗降場を設ければ客待ちタクシーなどが連なり、一般車両やバスの通行を阻害する可能性があると説明している。

そのため、既存の大阪駅前広場や桜橋口の乗降場を利用してほしいという。行政の回答としては、一見筋が通っている。しかし、ここで立ち止まって考えたい。

市民が知りたいのは、「なぜできないのか」だけなのだろうか。

現実には御堂筋南口でタクシーを呼ぶ人がいる。現実にはそこでタクシーが停まっている。現実には車椅子利用者や高齢者、旅行者、子ども連れの家族が乗り降りしている。そして現実には、安全な乗降スペースがない。

この「実際に起きていること」に対して、「そこは駐停車禁止です」「既存の乗り場を使ってください」と答えるだけなら、制度の説明にはなっても、問題の解決にはならない。

むしろ行政に求められているのは、
なぜルールどおりに使われていないのかを調べることではないだろうか。

そこに実際の需要があるから、人はそこでタクシーを呼んでいる。ならば、その需要をどう安全に受け止めるのか。それを考えることが、道路行政の仕事ではないだろうか。

「桜橋口まで行ってください」で済む人ばかりではない

ここで特に考えなければならないのが、移動に困難を抱える人である。
「タクシー乗り場なら桜橋口にあります」地図の上では、それで解決したように見える。しかし、街は地図の上だけに存在しているわけではない。

車椅子で移動する人。足腰の弱った高齢者。杖を使う人。重いキャリーケースを引く旅行者。乳幼児を連れた家族。

こうした人にとって、「数百メートル先に正式な乗り場があります」という説明は、健康な人にとっての数百メートルとは意味が違う。

そもそもタクシーは、長い距離を歩くことが難しいから利用する場合も多い。その人たちに、「タクシーに乗るために、まずタクシー乗り場まで歩いてください」と言うのであれば、何かが逆転しているのではないか。

バリアフリーとは、単に段差をなくすことではない。その人が目的地まで移動できるか。必要な交通手段へアクセスできるか。社会の仕組みそのものが、移動を妨げていないか。そこまで含めて考える必要がある。

「移動できる人」を標準にしないまちづくりを。

ここに今回の問題の核心があると思う。都市計画や道路行政では、ともすると「平均的な人」が想定される。
歩ける人。階段を上れる人。荷物の少ない人。しかし、街にはいろいろな人がいる。そして誰でも、いつかは「移動困難者」になり得る。足を怪我するかもしれない。子どもを抱えているかもしれない。大きな荷物を持っているかもしれない。年を取れば、数百メートル歩くことが大仕事になるかもしれない。

だからバリアフリーは、一部の「特別な人」のための施策ではない。

自分がいつ移動しにくい側になっても使える街をつくることなのである。

アプリ配車という「現実」に道路行政が追いついていない

もう一つ、この問題から見えてくるものがある。スマートフォンの配車アプリによって、タクシーの使い方そのものが変わったことである。以前なら、人がタクシー乗り場まで行った。今は違う。

スマートフォンで現在地を指定し、タクシーを呼ぶ。つまり、「人が乗り場へ行く」から、「車が人のいる場所へ来る」へ、交通行動が変わりつつある。

ところが道路空間は、昔の仕組みのままである。ここにズレが生まれる。
そこでぼう・けんさんが、今回の陳情で提案されたのは、「アプリ専用タクシー乗降場」であった。

ここで重要なのは、「タクシープールをつくれ」という話ではないこと。
客待ちのタクシーを並ばせるのではなく、アプリで呼ばれた車両が短時間だけ停車し、乗客を乗せて出ていく。

従来型のタクシー乗り場とは違う使い方である。もちろん、実際に導入するなら交通量、歩行者動線、道路構造、警察との協議など、検討すべき条件は多い。
「アプリ専用にすれば簡単にできる」という話でもない。
またこれまでのインフラをこの直近数年の流れだけで変えることは、次世代の完全自動運転になっていく未来まで予見しておく必要もあるだろう。

しかし、だからこそ検討する価値があるのではないだろうか。

道路反対側の阪急百貨店前なども含め、駅周辺全体を見渡しながら、
「どこなら安全に乗降できるのか」を考える。
それが本来の都市交通計画ではないだろうか。

DXとは、アプリを導入することではない

大阪府・大阪市はこれまで「スマートシティ」やDX[(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術とデータを活用してビジネスモデル・業務プロセス・組織文化を根本から変革し、競争優位を確立する取り組み]を繰り返し掲げてきた。

しかし、DXとは行政手続をオンライン化することだけではない。

新しい技術によって市民の行動が変わったのであれば、その変化に合わせて制度や都市空間まで組み替えていく。そこまでやって初めて、DXと言えるのではないだろうか。

配車アプリが普及した。駅前の乗降需要が変わった。ならば、その実態を調査する。

どこで乗降が発生しているのか。何時ごろ多いのか。どんな人が利用しているのか。既存交通への影響はどの程度なのか。

そのデータをもとに、道路の使い方を考える。

実は大阪市自身、御堂筋ではすでに、沿道アクセススペースにカメラを設置し、AI解析によって利用状況を把握しながら、デジタル技術を使った道路空間の適正利用を検証する社会実験を進めている。

ならば大阪駅前でも「禁止されているから取り締まる」だけではなく、「なぜそこで乗降が起きているのか」をデータから捉えることはできるはずである。

スマートシティを掲げるなら、こういう場所でこそ、その考え方を使ってほしい。

「賑わい」の前に考えること

大阪市建設局は、この場所について、「大阪の玄関口にふさわしい景観や賑わいにも配慮した空間」となるよう、中長期的な活用方策を検討するとしている。

しかし、「賑わい」という言葉には少し注意したい。
イベントがある。人が集まる。おしゃれなベンチが置かれる。カフェができる。

確かに、それも都市の魅力である。だが、公共空間には、その前に果たすべき役割がある。

誰でも安全に移動できること。

歩ける人だけではない。車椅子の人も、高齢者も、子どもを連れた人も、大きな荷物を持った旅行者も、その街を使えること。そこを置き去りにして「大阪の玄関口にふさわしい景観」をつくっても、それは誰のための玄関口なのだろう。

行政は「ルールを守らせる側」だけではない

今回の問題を見ていると、行政と市民との関係について、もう一つ大切なことが見えてくる。行政はルールをつくり、守らせる。確かにそれも仕事である。

しかし社会は変わる。技術が変わる。人の行動も変わる。

その結果、既存のルールや都市空間が現実と合わなくなることがある。

そのとき、「ルールなので守ってください」だけで終わるのか。
それとも、「なぜ現実と合わなくなったのだろう」と行政自身が考えるのか。

ここには大きな違いがある。市民から寄せられた声は、行政へのクレームだけではない。

制度と現実のズレを知らせるセンサーでもある。

今回の陳情もそうである。突起物が危険だ。タクシーが横断歩道付近に停まっている。車椅子の人がそこで乗り降りしている。ならば、それを「ルール違反」で処理する前に、なぜそうなっているのかを見る。そこから制度や空間を修正する。

それが、市民の声によって街を少しずつ変えていくということではないだろうか。

排除されたのは、誰だったのか

最初、この問題は「排除アート」の問題だった。
ホームレスを滞在させない。
自転車を置かせない。
人を立ち入らせない。

そのために突起物が設置された。危険だという声が上がった。そこで今度はフェンスを設置した。

しかし、そこで終わらなかった。

人を排除するためにつくられた空間を閉じた結果、そのすぐ外側で、移動に助けを必要とする人たちが危険な乗降をしている。

もちろん、大阪市が高齢者や車椅子利用者を排除する意図でフェンスを設置したわけではない。しかし政策や設計は、意図だけで評価するものではない。

結果として誰が使いにくくなったのか。
結果として誰に危険が移ったのか。

そこまで見なければならない。今回の一連の問題から見えてきたのは、
「排除しようとした対象」だけではない。その空間を本当に必要としていた人まで、結果として遠ざけてしまう構造だった。

だから問いたい。
大阪の玄関口を、誰にとって使いやすい場所にするのか。歩ける人だけを基準にするのか。車の流れだけを優先するのか。
それとも、移動に困っている人の姿から、街の仕組みそのものを考え直すのか。

公共空間とは、行政が「入ってよい人」と「入ってはいけない人」を選別するための場所ではない。年齢や身体の状態にかかわらず、できるだけ多くの人が社会に参加するための基盤である。フェンスを立てれば、行政の管理上の問題は一つ減るかもしれない。

しかし、そのフェンスの向こう側で困っている人がいるなら、
問題は解決したのではない。場所を移しただけである。
今回の大阪駅前の問題が私たちに突きつけているのは、150個の突起物や1枚のフェンスの是非だけではない。

街のルールと現実がずれたとき、行政は市民にルールを合わせさせるだけなのか。それとも、市民の現実を見て、街の側を変えることができるのか。

問われているのは、その姿勢である。

<山口 達也>

ぼうけんさんって。
ぼう•けん 防災×建築計画研究所 所長
駅前再開発や公共建築設計に携わる一級建築士。建築計画に防災視点を取り入れ、都市のレジリエンスを強化。平時は経済で稼ぎ、災害時は命を守るフェーズフリー設計を提唱。持続可能な次世代防災都市モデルを提案されています。

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