コラム

ucoスタッフによる日頃の様々な問題意識を雑感としてお届けしています。

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なぜ、そこまでして大阪市をなくしたいのか

二度否決された大阪市廃止・特別区設置。それでも、なぜ三度目へ進むのか。なぜ「大阪市を残す案」と比較しないのか。問われているのは区割りではない。大阪市民がいま持つ「決める力」を、どこへ移すのかである。#大阪都構想#大阪市廃止#住民投票
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木陰を「公衆衛生インフラ」として考える。緑化行政の転換が必要な時代の到来

都市から失われる木陰猛烈な暑さが続いている。外出すれば、できるだけ建物や街路樹の陰を選んで歩く。信号を待つ短い時間でさえ、木陰があるかどうかで、身体に感じる暑さは大きく違う。ところが、その木陰が都市から失われている。東京大学の研究チームが、...
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「ほかの区ではやっていません」――大阪市の24区は、なぜ24色にならないのか

行政といっしょにやろうとすると感じる空気。「ほかの区ではやっていません」「この区だけというのは難しいですね」「24区で揃える必要があります」必ずしも、そう明言されるわけではない。しかし、大阪市や区役所と地域のことを話していると、確かに存在す...
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文化の価値は、本当に測れなかったのか

「私たちは未来へ何を残すのか」第6回前回の「文化政策は何を「成果」として測ったのか」では、国の文化政策が、文化芸術の価値をどのように捉え、その進展を何によって確かめてきたのかを見た。文化芸術推進基本計画は、文化芸術そのものが持つ「本質的価値...
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文化政策は何を「成果」として測ったのか

「私たちは未来へ何を残すのか」第5回文化を評価する物差しが、未来へ残される文化を変える文化施設には、資料の収集や保存、調査研究、展示、教育普及など、さまざまな役割がある。しかし近年、博物館や美術館には、入館者を増やし、観光や地域経済に貢献し...
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文化への「投資」は、誰が担うものになったのか

「私たちは未来へ何を残すのか」第4回文化芸術への公的支援は、長い間、行政にとって削減可能な経費と見られてきた。これに対して政府は2011年、文化芸術への公的支援を、社会的必要性に基づく「戦略的な投資」と捉え直した。文化を「費用」ではなく「投...
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大阪市廃止と「否決政策が復活する民主主義」

大阪市を廃止するための法定協議会が、再び動き始めている。以前のコラムで政治家の歪んだ権力マインドについて書いた。なぜ政治家は「一度決めたこと」を手放さないのか——都構想、権力という生きもの2015年、そして2020年。大阪市を廃止し、複数の...
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文化政策は、どのような社会を目指してきたのか

私たちは未来へ何を残すのか 第3回 ―社会は文化をどのように位置付けようとしてきたのか―はじめに第1回では、文化施設は何によって評価されるべきなのかを考えた。第2回では、その文化を誰が支えるのかという役割分担を見てきた。では、その役割分担は...
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タイパが形成する薄い社会

最近、「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉を聞かない日はない。映画は倍速で見る。要約動画で本を読む。ショート動画でニュースを知る。生成AIに文章を書いてもらう。限られた時間で、できるだけ多くの成果を得ることは悪いことではない。むしろ...
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民間で支え合うしくみを、国が使いはじめたとき

市民が文化を支えることは、新しいことではない。しかし、国立映画アーカイブがクラウドファンディングを始めたことには、別の見方もできる。それは、公が担う役割と、市民が支える役割との関係が変わり始めているということなのだろうか。「私たちは未来へ何を残すのか」第2回。文化行政を入口に、「公共を誰が支えるのか」を考える。
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