ここまで4回にわたり、個人情報保護法改正について考えてきた。
第1回では、AI開発を背景に個人情報保護のルールが見直されようとしていることを整理した。
第2回では、EUのGDPRが「個人情報は人格の一部である」という考え方を制度の中心に据えていることを紹介した。
第3回では、日本がAI競争を急ぐ背景には、世界的なデータ獲得競争と、日本の産業構造があることを考察した。
そして第4回では、制度を監視することそのものが、市民社会を支える重要な役割であることを確認した。
ではまとめとして、一つだけ読者のあなたに問いかけたい。
あなたは、自分の医療情報をAIのために提供するだろうか。
この問いには、正解はない。
しかし、この問いにどう答えるかが、これからの社会を形づくっていく。
AIは、多くの命を救うかもしれない
まず確認しておきたい。私はAIそのものに反対しているわけではない。むしろ、AIには大きな可能性がある。画像診断では医師を支援し、がんを早期に発見できるかもしれない。新薬の開発期間を短縮できるかもしれない。難病の原因解明につながるかもしれない。介護や福祉の現場でも、多くの人を支える技術になるだろう。そのためには、質の高い医療データが必要である。これは多くの研究者が認めている事実である。だから、「医療情報を活用すること」自体を否定するつもりはない。
問題は、その先にある。
本当に必要なのは「自己決定権」
今回の法改正をめぐる議論では、「本人同意」が大きな争点になった。しかし、本質は「同意するか、しないか」ではない。もっと重要なのは、
自分で選べるかどうか
である。例えば私は、「新薬開発のためなら、自分の医療情報を使ってもよい」と考える人を否定しない。逆に、「絶対に使われたくない」という人も尊重されるべきだと思う。問題は、その選択権が本人に残されているかどうかである。
誰かが代わりに決めるのではない。
政府でもない。企業でもない。本人が判断できること。
そこに自己決定権の意味がある。
私なら、こんな条件を求める
もし私自身が医療情報を提供するとしたら、いくつか条件を付けたい。
例えば、
- 利用目的が明確に限定されていること
- AIの研究・医療目的以外には使われないこと
- 第三者への再提供は本人が確認できること
- 民間企業への提供状況が公開されること
- 情報漏えいがあれば速やかに本人へ通知されること
- 利用停止を希望した場合は途中でも撤回できること
- 提供を断っても診療や行政サービスで不利益を受けないこと
こうした条件が整っているのであれば、社会全体の利益のために協力しようと考える人も少なくないだろう。実際、日本では献血や臓器提供、災害時のボランティアなど、「社会のためなら協力したい」という文化は根付いている。
だから必要なのは、「提供させる制度」ではなく、「安心して提供できる制度」ではないだろうか。
信頼は法律ではなく、運用で築かれる
制度は法律だけで成り立つものではない。
どれほど立派な法律を作っても、運用が不透明であれば信頼は生まれない。逆に、市民が納得できる説明があり、利用状況が公開され、問題が起きれば迅速に対応される社会であれば、多くの人は協力するだろう。
信頼とは、「信用してください」と言って得られるものではない。
説明責任を果たし、透明性を確保し、本人の選択を尊重することで、少しずつ積み重ねられるものである。AIも同じである。技術そのものへの期待ではなく、その技術を支える制度への信頼が、社会に受け入れられる条件になる。
「公共の利益」と「個人の権利」と。
この連載を書きながら、何度も考えたことがある。公共の利益を守ることと、個人の権利を守ることは、本当に対立するものなのだろうか。私はそうは思わない。むしろ、市民の信頼を失った公共政策は長続きしない。人権を軽視したAI政策も、いずれ社会の支持を失うだろう。逆に、市民が納得し、自ら協力したいと思える制度であれば、AIの発展も持続可能になる。
公共とは、行政が持つものではない。企業が管理するものでもない。
市民が信頼によって支え続けるものである。
だから公共の利益と個人の権利は、対立ではなく両立を目指すべきなのである。
UCOが考えること
この5回の連載で伝えたかったのは、「AIに賛成か反対か」ということではない。
私たちは、自分自身に関する情報を、自分で決められる社会を残したいのか。それとも、「公益」や「効率」という言葉のもとで、少しずつその権利を手放していく社会を選ぶのか。どちらが正しいかは、簡単には決められない。
しかし、一つだけ確かなことがある。
民主主義とは、市民が選択できる社会である。
そして自治とは、その選択する力を失わないことである。
AIは社会を大きく変えるだろう。しかし、その変化を受け入れるかどうかを決めるのはAIではない。政府でも企業でもない。
私たち一人ひとりである。
だからこそ、この問いをまとめとして残したい。
あなたは、自分の医療情報を提供しますか。
もし答えが「はい」でも「いいえ」でも構わない。
ただ、その答えを自分自身で選べる社会だけは、未来にも残しておきたい。
<山口 達也>

