2026年6月、住之江抽水所が水没し、6基すべての雨水ポンプが停止した。
この事故について、大阪市は、なにわ大放水路のジョイント部の破損によってポンプ室へ水が流入したことを「耐水化計画においては想定外の事象だった」と説明している。
たしかに、どの部分が、どのように壊れ、どの経路から水が流れ込むかを完全に予測することは難しい。しかし、今回問われているのは、ジョイント部の破損を具体的に予測できたかどうかだけではない。
施設の内部へ水が入る可能性を想定し、たとえ浸水しても、ポンプ機能のすべてを失わないような対策が講じられていたのか。その点で、大阪市は自ら定めた「大阪市地域防災計画」に沿った対策を、住之江抽水所で本当に実行していたのだろうか。
今回も、「ぼう・けん 防災×建築計画研究所」による技術的な検証をもとに、2026年8月25日の大阪市会・臨時建設港湾委員会で明らかになった事実を読み解いていく。
「地域防災計画に則っていたのか」という問い
臨時建設港湾委員会で、小山委員は大阪市に対して、極めて本質的な質問を投げかけた。
建設港湾委員会(26.08.25)
(小山委員)
地域防災計画に万が一浸水してもポンプの機能を停止しないようにしていきなさいと、大阪市自身が決めた地域防災計画があるんですが。確認なんですけど、今回ポンプが浸水してしまったということは、この地域防災計画に則って浸水対策をしていなかったということでしょうか?(事業計画担当課長)
大阪市では内水氾濫や外水氾濫、津波などに伴う水から下水処理場や抽水所を守るため、令和3年度に下水施設の耐水化計画を策定し、順次対策を進めてきてございます。下水道施設の耐水化の手法につきましては大阪市地域防災計画に記載の通り、ポンプ機能を確保できるように主要設備が置かれている建屋に防水扉などを設置するものでございます。
住之江抽水所では建設当時すでに外水氾濫などによる地上からの浸水を前提とした耐水化の考え方が取り入れられておりまして、水没した雨水ポンプが設置されている、建屋の出入り口などの開口部が想定する浸水深より高い位置にございます。
一方で、今回のポンプ停止の要因と想定されるなにわ大放水路のジョイント部の破損に伴うポンプ室の水没については耐水化計画においては想定外の事象でございました。
大阪市地域防災計画には、万が一施設内へ浸水しても、ポンプ機能を停止させないよう対策を進めることが書かれている。ところが、今回、実際にポンプ室が水没し、全ポンプが停止した。
それは、地域防災計画に則った浸水対策が行われていなかったということではないのか――という追及である。
これに対して大阪市は、令和3年度に「下水施設の耐水化計画」を策定し、順次対策を進めてきたと答弁した。また、住之江抽水所では、外水氾濫などによる地上からの浸水を前提に、建屋の出入口などの開口部を想定浸水深より高い位置に設けていたと説明した。
つまり、大阪市の説明は、次のように整理できる。
「地上から水が入らないようにする対策は行っていた。しかし、なにわ大放水路のジョイント部が破損し、施設内部から水が入ることは想定していなかった」
この説明だけを聞けば、予測できない場所が壊れた不運な事故のようにも見える。しかし、大阪市地域防災計画を読むと、それだけでは済まない問題が浮かび上がる。
防災計画は「水を入れない」だけではなかった
(2) ポンプ場の浸水予防対策
災害時における排水機能の確保のため、ポンプ施設の耐水化は重要な要件であり、津波や高潮、豪雨による浸水を想定した「計画浸水予防高」等を考慮した施設配置、建築物の防水扉の設置等の耐水化対策を施すこととす
る。なお、計画浸水予防高については、必要に応じて見直しを検討する。
また、施設内に浸水してもポンプ機能を確保できるように、電源設備等の主要設備の嵩上げ又は高所への移設、主要設備(ポンプ、電源設備等)が設置している部屋への防水扉等の設置、主要設備の耐水化等の対策も進め
る。さらに、浸水時の予備燃料不足等による機能低下を防ぐため、予備電源や予備燃料等の確保に努める。大阪市地域防災計画27-2下水道施設の整備より
大阪市地域防災計画の「ポンプ場の浸水予防対策」には、津波、高潮、豪雨による浸水を想定し、施設の配置や防水扉の設置など、建物への浸水を防ぐ対策が示されている。
ここまでは、大阪市が委員会で説明した「外から水を入れない対策」である。しかし、上記のように計画にはその先も書かれている。
「施設内に浸水してもポンプ機能を確保できるよう、電源設備などの主要設備を嵩上げすること、高所へ移設すること、主要設備が設置されている部屋に防水扉を設けること、設備そのものを耐水化することなどを進める」としている。
重要なのは「施設内に浸水しても」という部分である。
大阪市の計画は、建物の出入口から水を入れないという一段階だけの防御を定めたものではない。第一の防御が破られ、水が施設内へ入った場合にも、排水機能を維持することを求めている。ところが、住之江抽水所で実施されていたのは、主として地上からの浸水を防ぐ外水対策だった。

住之江抽水所の建物基準高はO.P.+4.000メートル。近接する住之江下水処理場の計画浸水予防高はO.P.+5.500メートルとされている。
さらに、放流河川である住吉川の満潮時水位はO.P.+5.200メートルである。この水位まで施設内部へ水が入り続けた場合、それより低い位置にある部屋や設備は、水没する可能性がある。

それにもかかわらず、浸水レベルに配置されていた電気室やエンジン室について、個別の防水区画、主要設備の嵩上げ、高所への移設などが十分に講じられていなかったとすれば、問題は単なる「想定外」ではない。
自ら定めた計画が、実際の施設でどこまで具体化されていたのかが問われる。
国も「施設内部からの浸水」を警告していた
内部浸水への備えは、今回の事故後に初めて生まれた考え方ではない。
2014年に示された「下水道施設の耐震対策指針と解説」でも、主要設備の耐水化や、浸水した場合の機能確保という考え方が示されていた。

さらに2019年の台風19号では、各地の下水道施設や建築物の電気設備が水没し、機能を停止する被害が相次いだ。
これを受けて国土交通省は、2020年5月、「下水道の施設浸水対策の推進について」を通知し、全国の自治体に耐水化計画の策定を求めた。
下水道の施設浸水対策の推進について(2020.05.21)
②効率的・効果的な対策手法
・対策浸水深や重要設備の配置、構造物の構造等を踏まえ、電気設備の上階への移設や防水仕様の設備への更新、建物全体の耐水化、重点区画の耐水化を適切に組み合わせ、効率的、効果的に対策を進める。
・この際、必要な機能確保のため、燃料タンクや燃料移送ポンプ等の補機類を含めて耐水化を実施する他、ポンプ等の継続的な運転に支障がないよう沈砂池等の覆蓋の流出防止対策を講じることが重要である。また、ハンドホール等の各種貫通孔や管廊からの浸水防止等にも留意する。
この通知では、対策浸水深、重要設備の配置、構造物の構造などを踏まえ、電気設備の上階への移設、防水仕様への更新、建物全体の耐水化、重点区画の耐水化を適切に組み合わせることが示されている。
同年7月の事務連絡では、雨水ポンプ場について、さらに具体的な注意が示された。
「下水道の施設浸水対策の推進について」の運用について(2020.07.16事務連絡)
6. 被災時のリスクの高い下水道施設について
被災時のリスクの高い下水道施設については、以下の条件を目安に下水道管理者が決定する。
【ポンプ場(合流、雨水)】
・全ての施設(都市下水路のポンプ場を含む)8. 雨水ポンプ場の耐水化について
近年、全国的に計画規模を超えるような集中豪雨が頻発しており、雨水ポンプ場においては短時間で大量の雨水が流入することも想定される。
雨水ポンプ場の耐水化に当たっては、ポンプ室、電気室、監視制御盤等の設備室においては、配線ダクトの止水等も含め、沈砂池からの溢水等、施設内部からの雨水の侵入経路を確実に遮断する。
ポンプ室、電気室、監視制御盤などの設備室では、沈砂池からあふれた水など、施設内部からの雨水の侵入経路を確実に遮断すること。配線ダクトなどの貫通部についても止水すること。
つまり国は、外から押し寄せる高潮や津波だけではなく、施設内部を経由して重要設備へ水が到達する危険性にも注意を促していたのである。
大阪市が耐水化計画を策定したのは、この通知を受けた令和3年度である。
それならば、なぜ住之江抽水所では、施設内部からの浸水によって、エンジンや電気設備を含む重要機能が一斉に失われたのか。
大阪市には、耐水化計画の対象施設をどのように選定したのか、住之江抽水所をどのように評価したのか、どの対策を、いつまでに行う予定だったのかを明らかにする責任がある。
「壊れた場所が想定外」と「全滅まで想定外」は違う
災害や事故では、事前に予測していなかった場所が壊れることがある。
しかし、防災とは、あらゆる破損箇所を言い当てることではない。
どこかが壊れても、被害が施設全体へ一気に広がらないようにする。ひとつの設備が停止しても、別の設備が機能を引き継ぐ。水が入っても、電源や制御設備まで同時に失われないようにする。
それが「多重防御」の考え方である。
今回、なにわ大放水路のジョイント部が破損したこと自体は、具体的には想定されていなかったのかもしれない。
だが、ひとつの破損をきっかけにポンプ6基がすべて停止する構造まで、「想定外」の一言で片付けることはできない。
臨時建設港湾委員会では、伊藤委員・小山委員から、二段階の多重防御が必要だとの指摘があった。
建設港湾委員会(26.08.25)
(伊藤委員)
今回の事象で非常に大きな問題だったと感じているのが、1つの箇所で不具合が生じてしまった時に、結果として全部の雨水ポンプが運転できなくなるという事態に繋がってしまったことだと思います。ひとつの不具合を施設全体の機能停止まで波及させない「多重防護」の考えが、非常に重要であると思います。
仮にまた水が入ってしまっても、全部が全滅を起こさないような多重を考えていただきたいということなので、例えば、「電気系統を分けることができないのか」「遮断弁をもう1個、個別で作れないのか」「機器の配置や区画のあり方を工夫できないのか」。
全部止まってしまったら、こういったことが起きるので、「水没させないための多重防護」と、「万が一水没しても6台全部全滅させないための多重防護」。この2段階で考えていただきたいと思います。是非有識者の皆様とも多岐にわたって議論していただきたいと思います。
(小山委員)
再発防止や復旧については多重防護という考え方、私もその通りだと思います。さらに、もっと考え方を変えれば、もう新たにポンプ場を建設する、ポンプやエンジン、電気室をもっと上に上げる。それができないんだったら、ポンプやエンジン、また電気室など
を個別で仕切る対策も進めて欲しいと思います。
第一に、水没させないための多重防御。
第二に、万が一水没しても、6基すべてを全滅させないための多重防御である。
電気系統を分ける。遮断弁を個別に設ける。機器や電気設備を分散する。設備室を個別に区画する。重要設備を高い位置へ移す。
一つひとつは、特別に新しい発想ではない。
むしろ問題は、国の通知や大阪市自身の防災計画に示されていた考え方が、なぜ住之江抽水所の具体的な改修や設備配置に結びつかなかったのかという点にある。
計画は、書かれているだけでは市民を守らない
行政は、多くの計画や指針をつくる。
計画が策定されれば、対策が前進したように見える。議会でも「計画に基づき順次進めている」と答弁できる。
しかし、市民にとって重要なのは、計画書が存在することではない。
その計画によって、自分たちの生活が本当に守られるのかということである。
住之江抽水所が担っていた排水区域には、住之江区だけでなく、住吉区、東住吉区、平野区、阿倍野区、生野区など、広い地域が含まれる。抽水所の機能停止は、ひとつの建物の中だけで完結する問題ではない。
大雨が重なれば、道路や住宅、店舗、地下空間、福祉施設など、多くの場所に影響が及ぶ可能性がある。
だからこそ市民には、行政計画が実際にどこまで実施されているのかを知る権利がある。
耐水化の対象施設はどこなのか。対策の優先順位はどのように決められたのか。住之江抽水所では何が実施済みで、何が未実施だったのか。予算上の理由で先送りされていた対策はなかったのか。
これらを明らかにしなければ、「想定外だった」という説明が妥当なのか、市民は判断できない。
問われているのは、事故前の判断である
事故原因を調査する有識者会議は必要である。
ジョイント部がなぜ破損したのか、施工、構造、維持管理のどこに問題があったのかを、専門的に検証しなければならない。
しかし、ジョイント部の破損原因が確定しなければ、何も始められないわけではない。
すでに明らかなのは、施設へ水が入ると、重要設備が連鎖的に停止し、6基すべてのポンプ機能を失う構造だったという事実である。
この弱点への対策は、事故原因の最終報告を待たずに始められる。
また、検証すべきなのは事故当日の対応だけではない。
大阪市が地域防災計画を策定した後、住之江抽水所の設備をどのように評価し、どのような対策を検討し、なぜ現在の状態を容認してきたのか。
問われているのは、事故が起きる前の行政判断である。
「想定外」を、次の備えを止める言葉にしてはならない
行政に、すべての事故を完全に防ぐことを求めるのは現実的ではない。
しかし、一度の破損で施設全体が機能を失うことを防ぐのは、防災施設に求められる基本的な考え方である。
住之江抽水所の事故を、ジョイント部の破損という特殊な出来事だけに閉じ込めてはいけない。
本当に検証すべきなのは、大阪市の安全思想が「水を入れない」という単一防御にとどまり、「水が入っても全滅させない」という段階まで更新されていたのかということである。
地域防災計画に書かれた言葉と、現場の施設との間に、どれだけの隔たりがあったのか。
大阪市は「想定外」と説明する前に、まず、自ら定めた計画のどこまでを実施し、どこからが未実施だったのかを市民に示すべきである。
計画は、つくっただけでは人を守らない。
予算が付き、設計に反映され、設備が改修され、非常時に実際に機能して初めて、私たちを守る力になる。
今回の事故を、単なる不運な設備事故として終わらせてはならない。
自ら決めた防災計画を、本当に実行していたのか。
その問いに正面から答えることが、大阪市を災害に強い都市へ変える最初の一歩になる。
次回予告:第5回:臨時建設港湾委員会で明らかになった事実③
「単一防御」から「多重防御」へ――安全思想が更新されていなかった大阪市をお届けします。
ぼうけんさんって。
ぼう•けん 防災×建築計画研究所 所長
駅前再開発や公共建築設計に携わる一級建築士。建築計画に防災視点を取り入れ、都市のレジリエンスを強化。平時は経済で稼ぎ、災害時は命を守るフェーズフリー設計を提唱。持続可能な次世代防災都市モデルを提案されています。


