津波・高潮ステーションで考えた——高潮対策の到達と、津波後の生命への沈黙

レポート防災・減災
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阿波座駅から徒歩二分、大阪府西大阪治水事務所内に「津波・高潮ステーション」がある。水門を一元管理する防災棟と展示棟を併設し、津波と高潮を同時に学べる全国唯一の施設だという。期待を持って入ったが、見終わったあとに胸に残ったのは満足感ではなく、ひとつの重い違和感だった。

高潮対策の到達点

展示前半は大阪が経験した高潮災害の歴史である。1934年の室戸台風で約3000人、1950年のジェーン台風で約400人、1961年の第二室戸台風で約30人——いずれも大阪湾岸を襲い、海抜ゼロメートル地帯に水を流し込んできた。

御堂筋より西側、約40平方キロメートルの海抜ゼロメートル地帯に約108万人が暮らす。展示は堤防かさ上げ、防潮水門整備、安治川・尻無川・木津川の三大水門更新事業を紹介し、第二室戸台風以後は高潮による大量死が起きていない事実を伝える。インフラ整備の積み重ねが命を守ってきた——高潮対策については相当の到達点にあると感じた。

津波対策コーナーの心もとなさ

問題は後半である。南海トラフ巨大地震は「近い将来必ず発生する」と明記され、津波到達まで大阪市域で約110分。府の想定では、避難が遅れた場合に夜間満潮時で最大約13万3000人が犠牲になりうる一方、早期避難が徹底されれば約7900人まで減らせる。「逃げ切れるかどうか」がそのまま生死を分ける構造である。

体感シアター「ダイナキューブ」は四面映像で濁流の襲来を体験させ、展示は「津波から逃げ切る」「津波災害を乗り越えて生き抜く」二つのメッセージで締めくくられる。しかし後者の「生き抜く」が、あまりにも薄い。
逃げ切ったあと、どう生き延びるのかについてはほとんど何も語られていない。心もとなさの正体は、ここにあった。

災害関連死という空白

熊本地震の本震・前震による直接死は50人。これに対し災害関連死は225人で、直接死の四倍を超える。死因は「地震ショックや余震恐怖による精神的・肉体的負担」が四割、「避難所等生活の負担」が約3割、約8割が七十歳以上であった。2024年の能登半島地震も同様に直接死より関連死のほうが多い。

震災から助かった命が、避難所のトイレ、寒さ、栄養不足、医療機能停止、孤立、エコノミークラス症候群、誤嚥性肺炎、精神的疲弊によって後から失われていく——これが現代日本の災害死の現実である。

ところがステーションの展示に「災害関連死」の概念はほぼ登場しない。海抜ゼロメートル地帯の108万人が水門突破型の津波で広域長期浸水を経験したとき、水・食料・医療・トイレ・心のケアをどう確保するのか。要配慮者、高齢者、障害者、外国人、観光客、地下街利用者をどう支えるのか。「逃げたあと」のシナリオが市民向けに用意されていない。

市民が準備すべき、津波後の危機管理

行政の沈黙を待ってはいられない。市民側でできる準備を五点に整理しておきたい。

第一に、自宅と職場の浸水深をハザードマップで確認する。最大五〜十メートル浸水エリアか上町台地のような高台かで、取るべき行動はまったく異なる。

第二に、「逃げる」だけでなく「籠もる」装備を持つ。避難ビルにたどり着けても水が引くまで数日かかる。携帯トイレ、保温シート、モバイルバッテリー、常備薬一週間分、現金、家族連絡カードをリュック一つに。

第三に、家族の集合場所と伝言ダイヤル171を共有。携帯電話は使えない前提で考える。

第四に、地域コミュニティとの最低限のつながり。関連死を減らすのに最も効くのは「孤立しない関係性」だと多くの調査が指摘している。

第五に、自分が要配慮者になりうる可能性を織り込む。災害関連死の主因は加齢でも病でもなく避難生活の環境劣化である。「避難所環境の改善」「車中泊からの早期脱却」「医療・福祉アクセス確保」を行政に求める声を平時から上げ続けることが、長期的には自分自身の命を守る。

沈黙を埋めるのは誰か

津波・高潮ステーションはたしかに良い施設である。歴史を語り、メカニズムを伝え、危機感を呼び起こす力を持っている。
しかし津波到来後の数日・数週間・数か月をどう生き抜くか、その後のQOLをどう保つかについて、展示はあまりに静かだ。逃げ切らせるところまでが行政の責任で、その先は自助に委ねる——そう聞こえてしまう構造になっている。

熊本と能登が突きつけた事実は、震災後にこそ命の選別が起きるということだった。百八万人の海抜ゼロメートル地帯を抱える大阪で、その規模の被災者を「逃がしたあと」どう支えるのか。展示の沈黙を、市民の側から問いとして突き返していくしかない。問いは展示棟ではなく、私たち自身に向けられている。

<山口 達也>

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