――大阪市廃止で市民が引き受ける災害リスク
大阪市の廃止で市民は何を失うのか⑤
地震で自宅にいられなくなり、避難所に身を寄せる。水や食料が足りない。介助の必要な家族もいる。近くの道路は通れず、物資が届かない。そのとき、必要な人や車両を集め、道を確保し、支援を届けるのは誰なのか。
災害への備えは、避難所の場所や備蓄品の数だけではない。地域の状況をつかみ、必要な仕事を決め、人員、施設、予算を動かす自治体の力も、市民の命を支えている。大阪市が廃止されたら、その力はどう変わるのだろうか。
避難所は区、消防は府。命を守る仕事が分かれる
現在の大阪市は、市全体の地域防災計画を持ち、各部局や区役所の仕事を結び付けている。もちろん、府や国、他都市との協力は欠かせない。その上で、市内部の職員配置や資源の配分を、一つの自治体として判断する「大阪市」がある。[1]
ところが、今回「法定協議会」で公表された事務分担案では、消防、上下水道などは大阪府、災害時の避難所は各特別区の仕事となる。市民の命を守る一連の仕事が、別々の自治体に分かれる。[2]
避難所を支える職員が足りないとき、現在なら市内部で行える調整が、区をまたぐ自治体間の調整になる。区長が住民の窮状を把握しても、府へ移った仕事の人員や予算を、区長の判断で動かせるわけではない。
府が調整するとしても、南海トラフ地震などでは府内各地が同時に被災する。府も多くの市町村を支えなければならない。現在の大阪市が担う判断と調整をなくし、府に担わせる範囲を広げれば、住民への支援はどう変わるのか。
例えば、ある区の避難所で支援要員が不足しても、隣接する他区の職員は同じ市の職員ではないため、簡単に配置はできない。応援協定や府による調整など、自治体の境界を越えて人を動かすしくみが必要になる。連携を整えれば対応できるとしても、現在一つの市でできる調整を、別々の自治体の間で組み直す必要が生まれる。
大阪市廃止で失う権限と選択肢
政令指定都市である大阪市は、一般の市町村より広い権限を持つ。市民が普段意識していないものも含め、災害対応に関わる力を整理すると、次のようになる。
| 現在の大阪市が持つ力・選択肢 | 大阪市廃止による変化 |
|---|---|
| 市域全体の職員・施設・予算を、一つの市として動かす | 大阪市という判断主体がなくなり、府と各区に分かれる |
| 市内の府道や、国の直轄区間を除く国道を管理する | 政令市の道路管理特例を失い、各区が直接管理・復旧を決められない道路が生まれる |
| 府とは別に、関西広域連合の構成団体として参加する | 大阪市の代表として、広域の協議・意思決定に加わる立場を失う |
| 救助実施市の指定を申請する | 特別区は現行制度の指定対象ではなく、この選択肢を失う |

道路管理は、平常時の補修だけの問題ではない。災害時に救援の道を確保し、復旧を進めるための権限でもある。関西広域連合への参加も、支援を受けることに加え、地域の必要を伝え、広域の方針決定に関わる立場を持っている。[3][4]
「救助実施市」は、必要な体制・財政基盤等を備えた指定都市が申請し、国の指定を受け、自らの事務として災害救助を行う制度である。指定されれば、救助の特別基準について国と直接協議することもできる。政令市であれば自動的に得られる権限ではないが、大阪市を残せば、その取得を目指せる。特別区化は、その道も閉ざす。[5]
特別区になれば国や他都市の支援を受けられなくなる、ということではない。しかし、支援を受けることと、自ら判断・実施する権限を持つことは同じではない。
手放した後の負担は、市民が背負うのか
市民が失うのは、行政組織の名前だけではない。大阪市長と市会を通じて、市全体の防災への備えを要請し、必要な人員や予算を求め、責任を問う関係である。府に移った仕事については、特別区長を選び直しても、その区だけで方針を変えることはできない。
権限とともに、人材、財源、土地や施設も重要である。必要を訴えられる窓口が近くにあっても、支援を実現する手段が別の自治体にあれば、交渉や調整が必要になる。災害時にそれが滞れば、避難所で待ち続ける時間、健康を損なう危険、長引く生活再建として、市民に返ってくる。
問うべきなのは、いま持つ権限と対応力を手放してまで、大阪市をなくす必要がどこにあるのかである。
大阪市を残したまま、府や他都市との応援・連携を強めることはできる。現に市は、広域の協力に参加している。市域のくらしを支える主体を残し、その力と外部の支援を結び付ける道がある。[4]
制度変更を主導する知事や市長の任期が終わった後も、このまちでくらす市民は、災害時の結果を引き受けざるを得ない。命を守る力は、組織を分ければ自然に強くなるものではない。
大阪市が廃止されれば、私たちは、市全体の人員や施設、予算を一つの自治体として動かす力を手放す。地域で支援が必要になっても、自分たちの区だけでは決められない範囲が広がる。その調整が滞ったとき、待たされるのは私たち自身である。
大阪市を残し、いまある権限と基盤を生かして、災害への備えを強める道がある。命を守るために必要な力を、私たちは自ら手放してよいのだろうか。
主な資料
- [1] 大阪市「大阪市地域防災計画〈共通編・対策編〉(令和7年3月)」。組織・動員配備、応援要請、物資供給、施設の応急復旧等。
- [2] 「副首都・大阪にふさわしい大都市制度協議会だより」第2号(2026年10月2日発行)。消防・上下水道は府、災害時避難所は特別区とする事務分担案。協議中の案であることに留意。
- [3] 大阪市「道路・橋梁の管理、道路占用許可申請」及び道路法第17条第1項。指定都市による国道・都道府県道管理の特例。道路法(昭和二十七年法律第百八十号)https://laws.e-gov.go.jp/law/327AC1000000180
- [4] 関西広域連合「広域連合について」「広域連合議会」「広域防災」。構成団体、広域防災事務及び議会等の仕組み。
- [5] 内閣府「救助実施市の指定」(令和8年4月時点の指定状況を含む)、北九州市「改正災害救助法の救助実施市指定について」。指定の対象・要件、国との特別基準の直接協議等。


