区長を選べても、地域の将来は決められない

レポート
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大阪府に移る594事務と、縮小する特別区の権限・財源

大阪市を廃止して特別区を設置すれば、住民が直接選ぶ4人の区長が誕生する。

推進側は、「住民に近い自治体になる」「区長が地域の実情に応じて判断できるようになる」と説明する。
しかし、その特別区長は、区内の大規模開発や鉄道、幹線道路、教員人事など、地域の将来を左右する重要な政策について、最終的な決定権を持たない。

今回の制度案では、現在、大阪市が担っている4,145事務のうち、594事務が大阪府へ移される。しかも、その中には、前回2020年の制度案では特別区が担うとされていたものの、今回は大阪府へ移される約150事務が含まれている。

ここでいう「事務」とは、役所の内部で行う書類仕事という意味ではない。
住民票を交付することも、道路を整備・管理することも、大規模開発の方針を決めることも、行政制度上はそれぞれ「事務」と呼ばれる。一般にいう行政の仕事や事業だけでなく、許認可や政策を決定する権限まで含む言葉である。
したがって、事務の件数だけで、権限の大きさを判断することはできない。
住民票の交付も一つの事務であり、大規模開発の方針を決める仕事も一つの事務として数えられるからだ。

問題は、594という数ではない。どのような仕事と決定権が、大阪市から大阪府へ移されるのかである。
権限が府へ移れば、その事務を実施するための財源も府へ移る。
住民に近い区長をつくる一方で、区長が決められる政策の範囲を狭め、使える財源も縮小させる。

これが、今回示された制度案の実像だ。

大阪市の4,145事務のうち594事務が府へ

現在、大阪市が担っている事務は、区役所の事務を含めて合計4,145事務と整理されている。
今回案による移行先は、次のようになる。

移行先事務数大阪市の現行事務に占める割合
大阪府へ移行59414.3%
特別区へ移行3,51984.9%
制度上終了320.8%
合計4,145100%

数字だけを見れば、「約85%の事務が特別区に残るのだから、特別区の権限は十分に大きい」と説明されるかもしれない。
だが、行政の事務は、単純に件数だけでは評価できない。
一件ごとに、住民生活や地域の将来に与える影響も、そこに含まれる決定権の大きさも異なる。

日常的な窓口業務を数多く持っていても、都市計画、交通政策、幹線道路、大規模建築物、拠点開発といった、地域の将来を左右する政策を決める権限がなければ、区長が地域の将来を自ら決められるとは言い難い。

重要なのは、594という数ではない。
どのような仕事と決定権が、特別区ではなく大阪府へ移されるのかである。

前回は特別区、今回は府――新たに移された約150事務

2020年の制度案では、大阪府が担う広域事務は427事務と整理されていた。

今回案では、大阪市から大阪府へ移る事務は594事務である。単純比較では167事務増え、約39%の増加となる。

ただし、前回と今回では事務の整理方法や制度変更があるため、427と594をそのまま完全に同じ基準で比較することはできない。

一方、大阪市側は市会で、前回案では特別区の事務とされていたものの、今回は府の事務とされたものが「約150事務」あると説明している。

つまり今回案は、単に前回案を再提示したものではない。

前回は特別区が持つとされた権限の一部を、今回は意図的に大阪府へ移した制度案となっている。

現時点で確認できる主な変更は、次のとおりだ。

分野前回は特別区、今回は府とされた主な事務
拠点開発京橋、中之島、森之宮・大阪城東部などの拠点開発
建築延べ面積1万平方メートルを超える大規模建築物に関する建築基準法上の事務
区画整理民間施行の土地区画整理事業の認可など
景観・屋外広告市域全体の方針・基準、都市再生特別地区などでの事前協議
交通連続立体交差事業、総合的な交通政策、鉄道の安全性向上に関する事務
駐車場市営駐車場の運営
産業政策国家戦略特区、国際戦略総合特区、構造改革特区に関する事務
教育小中学校教員の任命、私立幼稚園の設置認可
保健・医療指定難病の審査、受給者証の交付、医療費の支給など

これは約150事務の全件一覧ではなく、公表資料と市会答弁から確認できる主なものを整理したものである。

大阪市側は、約150事務の内訳について、なお精査中であるとしている。制度案を判断するためには、前回案と今回案を一件ずつ比較できる一覧表が不可欠だ。

それが示されないまま、「住民に身近な特別区になる」という説明だけが先行することには、強い疑問が残る。

なぜ開発・交通の権限を府へ集中させるのか

今回の約150事務の移行は、偶然に生じたものではない。

今回の事務分担では、副首都としての「経済成長」と「首都機能のバックアップ」を担うために必要な事務を、大阪府へ集中させる方針が明記されている。
さらに、東京都と特別区の双方が実施している事務については、分野によって大阪での移行先を変えるという基準が設けられた。

住民サービスに関係する分野は特別区へ移す一方、まちづくり・都市基盤整備、産業、都市魅力、消防・防災、環境などの「副首都機能に関係する分野」は、大阪府へ移すというのである。

この基準から見えてくるのは明確だ。
今回案では、副首都の指定を見据え、都市開発や経済政策に関係する権限を大阪府に集中させようとしている。
府が開発権限を広く持つことが、直ちに特定の利権を目的としていると断定することはできない。

しかし、開発の対象地域を指定する権限、都市計画を進める権限、大規模建築物を規制する権限、土地区画整理を認可する権限、鉄道・交通政策を組み立てる権限を府に集めれば、開発をめぐる政治的・行政的な影響力が府へ集中することは否定できない。

少なくとも、「住民に近い自治体をつくる」という説明とは、反対方向の制度設計である。

「協議できる」と「決定できる」は違う

府に移る事務については、「特別区とも協議して進める」と説明される可能性がある。
しかし、協議できることと、最終的な決定権を持つことは同じではない。
今回案では、府が担う拠点開発の対象地域について、特別区と協議したうえで知事が決定するとされている。

協議が成立しなければ府は決定できないというしくみや、特別区長が拒否できる明確な権限が制度上設けられない限り、最終的な権限を持つのは知事である。
特別区長は意見を述べることができても、自ら決定することはできない。
住民が区長選挙で開発方針の変更を求めても、その事務が府の権限である以上、区長の判断だけでは変えられない。

道路行政についても同様だ。
生活道路など地域に密着した道路は特別区が担うが、大阪全体の交通網を構成する広域的な幹線道路は府が担う。さらに、今回案では総合的な交通政策や連続立体交差事業も府へ移される。
生活道路は持てても、鉄道、幹線道路、まちづくりを一体として決めることができない。

それで「地域のことは地域で決める」と言えるのだろうか。

権限と一緒に、財源も府へ移る

事務を実施するには、財源が必要である。

大阪府へ594事務を移せば、それらを実施するための一般財源も府側へ振り替えられる。前回案より府が担う事務が増えれば、それに対応する財源も府側に配分され、特別区に残る財源は相対的に縮小する構造になる。

しかも特別区制度では、現在の大阪市税のうち、法人市民税、固定資産税、特別土地保有税、事業所税、都市計画税などの主要な税財源を大阪府が徴収し、財政調整制度を通じて特別区へ配分する。

特別区は、現在の大阪市が持つ主要な自主財源を失い、府から配分される財源への依存を強めることになる。
現時点では、今回案における府と特別区の最終的な財源配分額は確定していない。そのため、「前回案より特別区の財源が何億円減る」と断定する段階ではない。
しかし、しくみとしては明らかである。

府へ移す事務を増やせば、その事務に必要な財源も府へ移る。
特別区長の権限が縮小すると同時に、特別区長が自ら判断して使える財源の範囲も狭くなる。

「ニア・イズ・ベター」はどこへ行ったのか

かつての制度案では、「ニア・イズ・ベター」、つまり住民に近い自治体ができるだけ多くの仕事を担うことが強調されていた。
2020年案でも、特別区には「中核市並みの権限」を持たせることを基本とし、住民に身近な事務は可能な限り特別区へ移すと説明されていた。

ところが今回案では、前回は特別区が担うとされた約150事務が府へ移される。
その中心には、拠点開発、建築、区画整理、交通、教育など、区民の生活と地域の将来を大きく左右する権限が含まれている。
制度の重点は、住民に近い特別区をつくることから、副首都機能を担う大阪府を強くすることへ移ったのではないか。

区長を新たに選べるようになることだけを見れば、住民自治が拡大するように映る。
しかし、選ばれた区長が決められる政策と、使える財源が縮小するのであれば、それを自治の拡大と呼ぶことはできない。
問われているのは、区長との物理的な距離ではない。

住民が選挙を通じて決め、変えることのできる政策の範囲である。

大阪市を廃止することで、その範囲は本当に広がるのか。
今回明らかになった事務分担を見る限り、むしろ住民から遠い大阪府へ、重要な決定権が集中しようとしている。

次回以降、交通、公共施設、教育、建築物などの具体的な分野について、誰が決定し、誰が責任を負う制度になるのかを検証していく。

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