最近、「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉を聞かない日はない。
映画は倍速で見る。
要約動画で本を読む。
ショート動画でニュースを知る。
生成AIに文章を書いてもらう。
限られた時間で、できるだけ多くの成果を得ることは悪いことではない。むしろ、情報があふれる現代では合理的な生き方とも言える。
しかし、その価値観が社会全体の基準になったとき、少し気になることがある。
それは「時間をかけて育つもの」が、社会から少しずつ姿を消し始めていることである。
建築を学ぶ学生は減り続けている
建築やインテリアへの関心は決して低くない。SNSには、おしゃれな部屋やリノベーション事例が毎日のように流れ、多くの人が住まいづくりを楽しんでいる。
ところが、その住まいを設計する側を目指す若者は減っている。
文部科学省の学校基本調査などを見ても、18歳人口の減少に加え、理工系離れの影響を受け、建築系学科を志望する学生数は長期的に減少傾向にある。
もちろん理由は一つではない。
建設業の長時間労働。
資格取得までの長い道のり。
責任の重さ。
どれも事実である。
しかし私は、それ以上に大きいのは「時間に対する価値観」が変わったことではないかと感じている。
建築は時間を投資する仕事である
建築設計は、短期間では身につかない。
大学で四年間学び、就職し、一級建築士の資格を取得する。
そこで終わりではない。
実際には、十年、二十年と経験を積みながら、一つひとつ失敗を重ね、ようやく建築家としての判断力が育っていく。
その建築はその後、何十年も使われる。
だから設計者にも長い時間に耐えられる視点が求められる。
しかし、その長い時間を社会が待ってくれなくなった。
高度経済成長期のように学校や市民センター、図書館、文化施設が次々建設される時代ではない。人口減少社会では、新築より維持管理や改修が中心になる。若い建築家が経験を積む機会も減っている。時間をかけて育った頃には、その市場自体が小さくなっているかもしれない。
そう考えれば、若者が別の仕事を選ぶのは自然な判断である。
建築だけの話ではない
同じことは、さまざまな分野で起きている。
伝統工芸では、十年以上修業しても後継者不足が続く。
研究者は成果が出るまで何年もかかる一方で、短期間で結果を求められる。特に基礎研究はいつまでに結論がでるかも予測がつかない。
教師も経験によって授業力は大きく変わるが、若手が育つ前に離職するケースが少なくない。
農業も林業も、日本酒づくりも、良いものは時間の中で育つ。しかし時間を味方にする仕事ほど、今の日本の若者からは敬遠される。
これは偶然ではない。
タイパという価値観が、社会全体に広がった結果なのではないか。
私たちは「完成品」だけを見ている
SNSには、美しい建築が並ぶ。
完成した住宅。洗練されたインテリア。有名建築家の作品。
しかし、その一枚の写真の裏側には、何年もの試行錯誤がある。設計図を書き直し、模型を作り、施工者と議論し、現場で修正しながら、一つの建物が完成する。
ところが私たちは、その途中を見ることがほとんどない。
完成品だけを消費し、完成までの時間には価値を感じにくくなっている。料理でも同じだ。三日煮込んだスープより、「五分で完成」のレシピが人気になる。
読書より要約。映画より切り抜き。旅行より映える写真。
結果だけが残り、過程が見えなくなる。
AIはさらに時間を圧縮する
生成AIは、この流れをさらに加速させている。
文章を書く。イラストを描く。プログラムを作る。
これまで数時間かかっていた作業が数分で終わる。それ自体は大きな進歩であり、私自身も毎日のようにAIを活用している。だからAIを否定したいわけではない。
問題は、「速くできること」だけが評価され始めることである。
AIで短縮できる時間は増える。しかし、人が育つ時間まで短縮できるわけではない。
判断力。倫理観。現場感覚。人との信頼関係。
これらは、依然として時間の中でしか育たない。
薄い社会になっていないか
私は、タイパそのものが必ずしも悪いとは思わない。
むしろ、不要な作業はどんどん効率化すればよい。しかし、その結果として、社会から「熟成する時間」が失われていくということがセットなのであればこの話は別である。
木を植えても、翌日には森にならない。子どもも、一年では大人にならない。
地域コミュニティも、信頼関係も、建築家も、職人も、研究者も、時間の中で育っていく。もし、その時間を社会が支えられなくなれば、私たちは便利さと引き換えに、社会の厚みを失うことになる。
情報は増えている。便利にもなっている。
しかし、人と人との関係、地域のつながり、技術の継承、文化の蓄積は、以前より薄くなってはいないだろうか。
私は、その兆候が、建築を志す学生の減少という形で現れているように思えてならない。
「タイパ」を超える軸の必要性
これからの社会では、効率はますます重要になるだろう。
AIもさらに進化する。タイパという考え方もなくならない。
それでも、人間にしかできないことがある。時間をかけて人を育てること。技術を継承すること。文化を残すこと。地域に根を張ること。これらは、すべて「時間」があって初めて成立する。
私たちは今、「速い社会」を手に入れた。しかし同時に、「時間をかける自由」を失いつつあるのではないか。社会が本当に豊かになるためには、タイパを追い求めるだけでは足りない。ゆっくり育つものにも価値がある。
そのことを社会全体で認め合える軸こそ、これからの豊かさなのだと思う。
<山口 達也>

