大阪湾岸0メートル地帯に突きつけられた現実
「一時避難場所」と「避難所」は、似た言葉でありながら、その意味も役割もまったく異なる。
しかしこの違いが、災害時の現実として市民に十分共有されているかと問われれば、答えは極めて心もとない。
とりわけ南海トラフ巨大地震が想定される大阪市湾岸エリア、いわゆる0メートル地帯では、この違いが命の分かれ目になり得る問題として存在している。
本稿では、大阪市の湾岸エリアにおける「一時避難場所」と「避難所」の構造的な断絶を整理し、その結果として生じる“宙づりの避難”という深刻な状況、そして行政が事実上放置している問題の核心を明らかにする。
「避難場所」と「避難所」の制度的な違い
まず基本的な整理から始めたい。
避難場所とは、津波・洪水・火災などの差し迫った危険から「一時的に命を守る」ための場所である。
屋上、高架、人工地盤、堤防上などが指定されることが多く、原則として短時間の滞在が前提である。
一方、避難所とは、自宅に戻れなくなった人々が一定期間生活を続ける場所である。
水・食料・トイレ・毛布・医療支援などが想定され、滞在期間は数日から数週間に及ぶ。
本来の避難行動は、
一時避難場所 → 状況が落ち着き次第 → 避難所へ移動
という連続したプロセスで構成される。
問題は、大阪市湾岸エリアでは、この「次の段階」が現実的に成立しない地域が存在している点である。
大阪湾岸の0メートル地帯という特殊条件
大阪市の西淀川区・福島区・港区・此花区・住之江区・大正区など、湾岸部には広範な0メートル地帯が広がっている。

南海トラフ巨大地震が発生した場合、これらの地域では以下の事態が想定されている。
- 津波による広域浸水
- 地盤沈下と護岸・防潮施設の損傷
- 排水機能の喪失
- 浸水の長期化(数日〜1週間以上)
つまり、水はすぐには引かない。

この条件下では、一時避難場所に逃げ延びたとしても、
- 地上に降りられない
- 避難所まで移動できない
- 救援物資が届かない
- トイレ・水・食料が枯渇する
という状況が現実的に発生するのは、ucoでも再三語ってきたところである。
「一日程度しのげば次へ行ける」という前提が、そもそも成り立たないのである。
「避難場所≠避難所」という場所の存在
大阪市湾岸エリアには、
一時避難場所には指定されているが、避難所には指定されていない
という施設が数多く存在する。
高架道路、港湾施設、立体駐車場、人工地盤、屋上空間、津波避難ビル――
これらは「津波から逃げる」ことはできても、「そこで生き続ける」設計にはなっていない。
◆大阪市の災害時の避難場所、避難所について

https://www.city.osaka.lg.jp/kikikanrishitsu/page/0000012054.html
結果として何が起きるのか。
命は助かったが、次の行動が取れない人々が大量に発生する。
これは避難の失敗ではない。
制度設計そのものの破綻である。
あの東日本大震災でも津波が引くまでに相当の時間を要した。
大阪市0メートル地帯は、原則ポンプアップしなければ、排水不可能であり、
いつ地上で避難行動が取れるのか、全くその予想を観たことがない。
3日以上“出られない”ことが想定される現実
災害対応では「72時間の壁」という言葉がよく使われる。
しかし湾岸0メートル地帯では、72時間どころか、その間ずっと閉じ込められる可能性がある。
- 浸水が引かない
- 舟艇が不足する
- 道路が寸断される
- 橋梁が使えない
この条件下で、一時避難場所は事実上、
「簡易避難所として機能せざるを得ない場所」
に変質する。
にもかかわらず、
- 備蓄は想定されていない
- 管理主体が不明確
- 運営計画が存在しない
という空白が放置されている。
なぜ大阪市はこの問題を放置しているのか
理由は単純である。
制度上「想定していない」からである。
- 避難場所は短時間
- 避難所は別途
- その間はスムーズに移動できる
この“机上の連続性”が、現地条件を上書きしてしまっている。
さらに言えば、
- 湾岸部は居住人口が相対的に少ない
- 港湾・産業機能が優先される
- 巨額の対策費が必要
といった事情も重なり、問題は「見えていても直視されない」状態にある。
しかしこれは、災害が起きてからでは取り返しがつかない問題である。
必要な「段階型避難」の再設計
対策の方向性は明確である。
- 一時避難場所を最低3日以上耐えられる拠点として再定義する
- 水・トイレ・非常食・発電の最低限の確保
- 孤立を前提とした運営マニュアルの整備
- 垂直避難拠点=準避難所という新しい区分の導入
これは「過剰防災」ではない。
現実に即した避難計画である。
「知らされていない」こと自体が最大のリスク
最も深刻なのは、市民の多くが、
自分が逃げた先で、数日間出られない可能性
を知らされていない点である。
防災とは、インフラ以前に情報の設計である。
この事実を共有しないまま指定だけを並べることは、安心ではなく錯覚を生む。大阪市湾岸エリアに存在するこの問題は、専門家の間では決して新しい話ではない。
それでもなお制度が変わらないのは、「まだ起きていない」からである。
だが災害は、待ってはくれない。
「避難場所に逃げれば大丈夫」という言葉が、
どこまでの時間を保証するのか。
この問いに答えないままの防災計画は、計画とは呼べない。
<山口 達也>

