気候変動対策か、種子の民営化か

コラム
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「食・農・地域――都市は何を自ら支えられるのか」第3回

猛暑によるコメの品質低下や収量への影響が各地で報告されている。
近年は高温障害による白未熟粒の発生や品質低下が問題となり、農業現場では気候変動への対応が大きな課題となっている。高温に強い品種や病害虫に強い品種の開発が求められている。
こうした中、今国会では「重要品種の育成及びその種苗の生産の振興に関する法律案」「種苗法改正案」の審議が進められている。
政府は、気候変動への対応や食料安全保障の強化を理由に挙げる。しかし、この法案を読み進めるうちに、一つの疑問が浮かんでくる。
私たちは、食を支えるタネを誰が育て、誰が管理し、誰のために使うのかという問題に、あまり関心を持ってこなかったのではないか。
それには、それなりの理由がある。

タネは誰が作ってきたのか

私たちは普段、スーパーでコメや野菜を買うとき、品種名を目にすることがある。
コシヒカリ。
ササニシキ。
ヒノヒカリ。
私たちは品種名を知っている。しかし、その背景に都道府県の試験場や研究機関があったことを知る人は多くない。
日本では長年にわたり、主要農作物であるコメや麦、大豆の品種開発や種子生産を都道府県の試験場や研究機関が担ってきた。
地域の気候や土壌に合った品種を開発し、生産者に安定して供給する。それは単なる研究事業ではなく、地域の農業を支え、安定した食料供給を維持するための公共的なしくみだった。

品種開発には長い時間がかかる。一つの品種が完成するまでに10年以上を要することも珍しくない。その間の研究費や人件費は、公的に支えられてきた。だからこそ、生産者は比較的低い負担で地域に適した種子を利用することができた。
公的種苗事業とは、単にタネを開発する事業ではなく、地域農業を支えるための公共投資でもあったといえよう。
そして私たちは、そのしくみが続くことを前提として暮らしてきた。だからこそ、タネのことをあまり気にせずに済んだのかもしれない。

今回の法案は何を目指しているのか

今回の法案では、高温耐性や耐病性、多収性を持つ新品種の育成と普及を進めることが掲げられている。
近年の気候変動を考えれば、その必要性は理解できる。一方で法案には、品種登録の義務化や育成者権の保護強化、民間企業を含む事業主体への支援措置なども盛り込まれている。
新品種の開発を促進し、その権利を保護することで投資を呼び込み、品種開発を加速させようという考え方だ。

懸念の声が上がるのはなぜか

今回の法案に対して、日本消費者連盟が衆議院農林水産委員に要請を出すなど、市民団体から多くの懸念が発せられている。問題は、新品種を開発することそのものではない。誰がその品種を開発し、誰が権利を持ち、誰が普及の方向を決めるのかである。

気候変動への対応や食糧安全保障を掲げながら、国は主要農作物の種子開発や種苗事業について、公的機関から民間企業へと重心を移し、市場競争にゆだねようとしているのではないか。
そうした懸念が、市民団体や研究者から示されている。

これまで地域の農業振興を目的として行われてきた公的種苗事業に対し、民間企業の役割を拡大する方向が強まれば、品種開発の目的そのものが変わる可能性がある。
地域の気候や農家の事情に合わせた品種よりも、広域展開や市場性が重視されるようになるかもしれない。また、育成者権の保護強化によって、タネが地域農業を支える公共的な基盤としてではなく、より強く知的財産として扱われる方向へ進む可能性もある。
もちろん、民間企業による育種そのものを否定する話ではない。しかし企業が開発費や投資の回収を求めることは当然であり、種子は知的財産として扱われる。
そこでは地域への安定供給よりも、市場性や収益性が重視される場合もある。
今回問われているのは、そのどちらが正しいかではなく、食料生産の基盤を誰がどのような目的で支えるのかということにある。

タネを支えるしくみは変わり始めている

今回の法案は突然現れたものではない。
2018年には、コメや麦、大豆の種子生産を都道府県に義務付けていた主要農作物種子法(種子法)が廃止された。
2020年には種苗法が改正され、登録品種に関する育成者権の保護が強化された。
そして今回の法案では、気候変動への対応を掲げながら、新品種の開発と普及、そして権利保護をさらに進めようとしている。
それぞれの制度改正には異なる目的がある。しかし振り返ってみると、公的機関が担ってきた種苗事業の位置づけが変わり、民間企業の役割が大きくなってきた流れとして見ることもできる。

地域は食の基盤を持ち続けられるのか

タネは単なる農業資材ではない。
その背後には、地域の気候への適応、農家の経験、栽培技術、そして食文化が積み重なっている。
地域ごとに育まれてきた品種は、その土地の歴史そのものでもある。
気候変動への対応は必要である。しかし、そのために生まれる新品種を誰が育て、誰が権利を持ち、誰のために普及させるのか。
私たちは食糧安全保障を語るとき、何を守ろうとしているのだろうか。
品種の数だろうか。
知的財産権だろうか。
それとも、地域が自ら種子を育て、生産し、継承できる力だろうか。
「地域は食の基盤をどこまで自ら持ち続けるのか」。
今回の法案は、そのことを私たちに問いかけているのかもしれない。

私たちは長い間、タネを支えるしくみを当たり前のものとして受け止めてきた。
しかし今回の法案は、そのしくみを誰が担うのかという問いを改めて浮かび上がらせている。
地域が担ってきた役割を維持するのか。それとも市場や企業を中心とした新しいしくみに移行していくのか。気候変動への対応という名の下で進む制度変更は、単なる農業政策ではない。
私たちがこれまで意識することのなかった「食を支える公共のしくみ」のあり方そのものを問うている。

参考資料

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