合法的独裁という構造——大阪、ワイマール、そして高市政権が示す民主主義の危機

コラム
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はじめに——「なんか変だ」という感覚を言語化する

大阪に住んでいると、あるいは大阪の政治をウォッチしていると、なんとなく「変だな」と感じることがあるのではないか。

選挙のたびに維新が圧勝する。反対意見を持つ人が周りに一定数いるのに、議会では圧倒的多数が維新で埋め尽くされている。2015年も2020年も住民投票で否決したはずの都構想が、2026年にまた動き出している。そして今度は、大阪市民だけでなく大阪府民全体で住民投票を行えるようにする法案まで出てきた。

「変だな」という感覚は正しい。それは気のせいでも、維新が嫌いだからでもない。民主主義の仕組みそのものが、特定の勢力に都合よく書き換えられつつあるという、構造的な変化に対する正直な反応だ。

この記事では、その「変さ」の正体を、歴史と憲法の視点から整理してみたい。

数字が示す「死票社会」の実態

まず、選挙の数字から見てみよう。

2023年の統一地方選挙で、大阪市議会・大阪府議会の実態をデータで分析してみると、驚くべき事実が見えてくる。現行の中選挙区制(複数定数選挙区)にもかかわらず、大阪市議会では平均48%の票が「死票」になっている。つまり、投票に行った市民の約半数の意思が、議席にまったく反映されていない。

さらに深刻なのは、2027年の統一地方選に向けて進行中の定数削減だ。大阪市議会は81議席から70議席へ、大阪府議会は79議席から73議席へと削減される。試算では、この削減によって死票率はさらに上昇し、市議会で約54%、府議会で約48%に達すると推計される。

某区を例に取ると、10万人以上の区民に対して議員定数がたった3名。行政相談が特定の議員一人に集中し、事実上機能しなくなりつつあるという現場の声もある。これは政治的な問題にとどまらない。憲法93条が保障する地方議会の実質的な空洞化だ。

ワイマール共和国との「構造的酷似」

ここで、少し歴史を振り返りたい。

1933年、ナチス・ドイツは「暴力革命」によって権力を握ったのではない。民主的な選挙で第一党となり、議会の手続きを通じて全権委任法を可決させ、合法的に独裁体制を完成させた。街頭暴力(突撃隊SA)が並行していたことは事実だが、権力の核心部分は「法律の範囲内」で作られたのである。

その構造をシンプルに整理するとこうなる。

選挙で圧勝し議会多数を握る
→議会の力で制度を自党に有利に書き換える
→書き換えた制度の中で次の選挙に勝つ
→対抗勢力が制度的に勝てない構造

大阪で起きていることと比較してほしい。

選挙で圧勝し議会多数を握る
→定数削減条例を自党主導で可決する
→小選挙区的効果を強化し他党が構造的に勝てなくする
→都構想で大阪市という対抗軸そのものを解体しようとする。

決定的な違いは「暴力の有無」と「速度」だ。
現在の日本にはまだ街頭暴力による政敵排除はない。
しかしだからこそ、気づいたときには後戻りできない段階に入っている可能性があるという怖さがある。

ワイマール末期の教訓として語られることの一つが「民主主義の手続きへの疲弊と不信」だ。何度投票しても変わらないという無力感が蔓延したとき、人々は権威主義的な「強いリーダー」に惹かれていった。大阪で住民投票を2度否決しても3度目が動き出すという状況は、まさにその無力感を醸成しかねない。

憲法が問う「大阪市廃止」の正当性

法的な観点からも整理しておきたい。

今回浮上している副首都法案には、都構想の住民投票を大阪市民だけでなく大阪府民全体で実施できるようにする規定が盛り込まれている。

これは憲法上、深刻な問題をはらんでいる。

憲法92条は「地方自治の本旨」を保障しており、その核心は「住民自治」——住民が自らの地域のことを自らの意思で決める——という原則だ。廃止されるのは大阪市なのに、大阪市民以外が廃止を決定できるという構造は、この原則に正面から反する。

自民党大阪府連会長でさえ「憲法92条との関係で相当問題がある」と明言しているほど、法的問題は明白だ。日経新聞も「自治制度の原則に反する」と社説で批判した。

それでも、日本の司法はこれを事前に止める手段を実質的に持っていない。住民投票が実施されてから争っても遅い。これは憲法保障の制度的欠陥が露呈している場面でもある。

「大阪モデル」の全国展開という現実

問題は大阪だけにとどまらない。

現在、国政レベルで衆議院の比例区削減・小選挙区拡大の議論が進んでいる。小選挙区制の効果は数字が証明している。比例区があるから複数政党が生き残れる。それを削れば、大阪で起きた「地すべり勝利」が全国規模で再現される。

維新が大阪で実証した方程式——選挙制度の操作→議会独占→政策の独占→反対勢力の制度的排除——は、特定のイデオロギーではなく「権力維持の技術」として、どの政党にも応用可能だ。

高市政権と大阪維新の連立という構図の中で、新自由主義的な開発優先・福祉削減、武器輸出解禁を含む安全保障政策の転換、そして選挙制度改変による一党優位体制の確立が、相互に補強し合う一つのシステムとして機能しつつある。三つがバラバラな政策ではなく、一つの方向を向いているという感覚は、決して間違っていない。

では、わたしたちに何ができるか

絶望的に聞こえるかもしれない。しかしここで一つ、冷静に確認しておきたいことがある。

構造が見えているということは、まだ対抗できる段階にあるということだ。

制度的権威主義が完成する前の今、意味のある手立てはいくつかある。

まず、可視化と記録を続けることだ。「死票率48%」「区10万人以上なのに議員3名」という数字は、感情論ではなく構造を示す。維新が嫌いかどうかという話ではなく、「有権者の半数の意思が議席に反映されない」という民主主義の問題として提示することで、党派を超えた共感が生まれる。

次に、「選挙制度そのものを争点にする」ことだ。比例区削減に反対する運動は、自分の票が死票になることへの不満という点で、イデオロギーを超えた潜在的連合を作れる。

そして、「大阪の問題を全国の問題として発信する」こと。
副首都法案への自民党内異論が出たように、全国の地方議員・憲法学者・弁護士会が連携すれば、国会審議での抵抗軸になる。

民主主義は「使い続けること」でしか守れない

フランコのスペイン、韓国の軍事政権、台湾の戒厳令体制。
いずれも「永続する」と思われていた権威主義体制であったが、内部矛盾・経済失政・市民の粘り強い抵抗によって終わりを迎えた。

今の大阪の状態は、平和的だがこれに匹敵する状態だと思われる。

制度的権威主義の最大の弱点は、正統性の欠如だ。死票が50%に達する選挙で生まれた議会は、数の上では多数でも、民意の代表としての正統性に根本的な疑問符がつく。

その疑問符を可視化し、声にし続けること。それが今、大阪から始められる最も誠実な民主主義の実践だと、わたしは思っている。

<山口 達也>

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