以前大阪市は、特別区になるならないのために、グランドビジョンが描けない旨をレポートした。その騒ぎの水面下で大阪市の都市計画権限自体はすでに大きく削ぎ落とされている。
2021年、大阪市は「広域的な観点からのまちづくり等に係る都市計画事務」を大阪府に委託した。これにより、都市計画区域の整備方針や高速道路、臨港地区など、大都市の骨格を形づくる計画群の決定権は府側に移った。名目上は「府市一体化」であり、二重行政の解消を謳う改革であった。
しかし、その後の展開を観察すれば、「一体化」というよりも「統合による分断」、あるいは「市政の自律性の喪失」と呼ぶ方が実態に近い。
大阪市の判断が消えた都市行政
従来、大阪市は政令指定都市として、用途地域、防火地域、地区計画など、住民の生活や景観に密着した都市計画を自ら立案し、議会審議を経て決定する仕組みを持っていた。都市計画審議会も独立しており、地元の課題を地元で解くという原則が生きていた。
だが、維新市政の下で進められた「府市一体行政」は、この独自の判断回路を府庁の中に取り込んでいった。都市計画局も事実上の「共同組織」となり、職員配置も混成化された。結果として、市職員の側からすれば、自らの専門判断が最終決定に反映されにくい構造となり、士気の低下は避けられなかった。
表向きには、これを「効率化」と説明する声が強い。
確かに、道路や鉄道、広域的な土地利用調整など、府域全体で最適化すべきテーマは存在する。しかし問題は、現場の声と都市の肌理を理解する層が意思決定の中心から遠ざけられた点にある。
用途地域や地区計画の計画決定一つ取っても、現場感覚なしに机上の計算で決めると、後からの軋轢が必ず生じる。実際、地元説明や調整の場では「府の方針だから」と説明されることが増え、市の担当者が従来のように柔軟に動けない状況が広がっている。
府にとっては「広域的視点での合理化」かもしれないが、市の現場から見れば「決定権を失った下請け行政」なのだ。都市計画とは、単なる線引きの作業ではなく、都市の未来像を共有し、その実現に向けて行政・住民・民間が合意形成を積み上げていくプロセスである。だが、現在の大阪では、このプロセスが中抜きされている。府の計画立案と、市の住民説明の間に意識の断絶が生まれ、双方の責任の所在も曖昧になった。

市職員の士気低下と専門性の喪失
さらに深刻なのは、職員のモチベーションの低下である。大阪市の都市計画職は、長年にわたり全国でも屈指の技術集団として知られてきた。街路計画、再開発、景観形成、防災型まちづくりなど、多様な分野で先進事例を生み出してきた。しかし、今や多くの職員が「決められない立場」に追いやられ、自分たちの仕事が府庁の方針決定の補助に過ぎないと感じている。若手の育成も難しくなっており、「計画を描く喜び」よりも「説明責任の回避」が先に立つ行政文化が定着しつつあるのではないだろうか。
このような構造は、都市の「速度」を確実に鈍らせる。
都市計画は、意思決定の速度と柔軟さが生命線である。地域からの提案を吸い上げ、タイムリーに制度化し、民間投資と連動させる。その循環が断たれれば、まちづくりはすぐに惰性化する。大阪では、まさにその惰性がじわじわと広がっている。都市再生特別地区や民間再開発の指定手続きにも時間がかかり、結果として企業は他都市へ流れている。府の一体化によって調整ルートは一本化されたが、実際の承認プロセスは以前よりも複雑で、決裁の段階が増えたにすぎない。
まさに府市一体どころか、3重行政だ。
政治主導が専門性を覆う
加えて、政治的な色彩も濃くなった。維新市政が目指した「府主導の一元化」は、制度論的には筋が通っているように見えるが、政治的主導の強さが行政の専門性を覆い隠す場面が目立つ。都市計画の本質は専門技術と合意形成にあるはずだが、現実には「政治的メッセージ」としての都市開発が前面に出ている。
万博、IR、夢洲開発――これらの巨大プロジェクトが象徴するのは、府政主導の「イベント都市」像であり、市民生活に根ざした都市計画とは異質のものである。
結果として、大阪市の「現場の知恵」は十分に活かされていない。現場の感度を失った都市は、いずれ「見かけだけの都市」になる。道路やタワーが整備されても、暮らしの質が伴わなければ都市は空洞化する。
府市一体化が本当に大阪の未来を拓くのか、それとも自律的な都市経営力を失わせるのか。答えは、すでに現場の沈黙が物語っている。
制度としての政令指定都市は形式的に残っているが、その内実は解体されつつある。都市計画という行政の「哲学」が、効率化の名の下で削ぎ落とされている。このままでは、都市を構想する力そのものが大阪から失われかねない。都市の未来を描くには、再び現場の専門性と市民の声を中心に据えることが不可欠である。
大阪が本当に「一体化」を目指すなら、行政権限の集中ではなく、信頼と共創の回復こそが必要である。府市の関係が垂直的な上下関係に戻ったとき、そこに広がるのは効率ではなく停滞である。
残念ながら、大阪万博、そしてIRに続く、次のイベントが必要な維新の会は、副首都を持ち出した。イベント都市大阪は一見華やかだが、大阪市民の基礎となる都市計画もグランドデザインもこのままでは望めない。
今こそ、大阪市は再び「自らの都市を描く」意志を取り戻すべき時であるのだが、これ以上のボタンの掛け違いはいつまで続くのであろうか。
3重行政の代表的な区分(抜粋)
1) 大阪府が決定(大阪市→府へ事務委託となったもの)
「広域・基幹インフラ」や都市構造に直結するものが中心である。
- 都市計画区域の整備・開発・保全の方針
- 区域区分(市街化区域/市街化調整区域)
- 都市再生特別地区
- 国際戦略港湾に係る臨港地区
- 高速自動車国道、一般国道、阪神高速道路
- 都市高速鉄道(地下鉄など)
- 一団地の官公庁施設/同予定区域
(以上は「(2-2)指定都市が定める都市計画(府に事務委託)」として列挙) 大阪市公式ウェブサイト
あわせて、市配布の「決定権限一覧表」でも、これら“委託”欄にマーキングあり。 大阪市公式ウェブサイト
2) 大阪市が決定(従来どおり市がまだ保持しているもの)
住民生活に密着し、地区スケールでのきめ細かな調整が要るものが中心。
- 用途地域、特別用途地区、特定用途制限地域
- 防火地域・準防火地域、高度地区・高度利用地区、景観地区、風致地区 ほかの地域地区
- 地区計画(沿道・集落・防災街区整備地区計画・特定用途誘導地区 等を含む)
- 生産緑地地区、特定生産緑地
- 駐車場整備地区 など
(「(3)市町村が定める都市計画」および大阪府Q&Aの“市で引き続き行う事務”に明記) 大阪市公式ウェブサイト+1
3) 規模等で主体が分かれる代表例(資料の表に基づく)
- 公園・緑地:面積10ha以上→府(委託)/10ha未満→市。 大阪市公式ウェブサイト
- 道路:一般国道・都道府県道→府(委託)/市道等は市(項目別に整理)。 大阪市公式ウェブサイト
- 土地区画整理・市街地再開発などの面的整備事業:施行主体や面積閾値(例:50ha超 等)で区分(指定都市が定める扱いとされる類型もあり)。 大阪市公式ウェブサイト
根拠資料
- 大阪市「都市計画審議会及び都市計画決定権限について」
決定権限の一覧表付き(“うち府へ事務委託”欄で判別可能)。
大阪市公式ウェブサイト+1 - 大阪市「大阪市における都市計画決定の手続き」
(2-2)府に事務委託に該当する具体項目を列挙。 大阪市公式ウェブサイト - 大阪府Q&A「府市の一体的な行政運営…」
市が継続する事務(用途地域、土地区画整理、地区計画など)を明記。
大阪府公式サイト
<山口 達也>

