個人情報保護法の改正について、ここまで三回にわたって考えてきた。
第1回では、AI開発を理由に個人情報保護のルールが見直されようとしていることを取り上げた。
第2回では、EUがGDPRによって「個人情報は人格の一部である」という考え方を制度の中心に据えていることを紹介した。
第3回では、日本がAI競争を急ぐ背景には、世界的なデータ獲得競争と、日本の産業構造があることを整理した。
では最後に、一つの疑問が残る。
こうした制度変更は、誰が監視するのだろうか。この問いは、個人情報保護法だけの話ではない。民主主義そのものに関わる問題である。
制度は、静かに変わっていく
法律が変わると聞くと、多くの人は国会での採決を思い浮かべる。しかし実際には、そのずっと前から制度変更は始まっている。有識者会議が設置される。専門委員会で議論される。審議会が報告書をまとめる。パブリックコメントが実施される。政府が法案を作成する。そして国会で審議され、成立する。
こうした流れの中で、制度は少しずつ形を変えていく。
多くの市民がその存在を知るのは、「法案が成立しました」というニュースになってからである。しかし、その時には制度の骨格は、すでにほぼ決まっている。つまり、市民が制度変更に関われる時間は、私たちが思っているよりもずっと前に存在しているのである。
「知らなかった」は珍しいことではない
今回の個人情報保護法改正についても、SNSでは「初めて知った」という声が数多く見られた。決して無関心だったわけではない。ニュースとして大きく扱われなければ、知る機会そのものがないのである。
これは個人情報保護法だけではない。
私たちの暮らしに関わる重要な制度の多くが、専門的な議論の中で進められている。制度が複雑であればあるほど、「専門家に任せるしかない」という空気も生まれる。しかし、その制度の影響を最も受けるのは、専門家ではなく市民である。
税制改正、社会保障制度、教育制度、地方自治制度…。
しかも党利党略で進められている面が、今回の自民党+維新の会での運営になってからはその露骨さが高まっている。
民主主義は「投票日」だけではない
日本では民主主義というと、選挙を思い浮かべる人が多い。
もちろん選挙は重要である。しかし、選挙だけで制度を監視することはできない。
各省庁は毎日のように制度を見直している。
地方自治体でも条例改正や計画策定が続いている。
民主主義は、投票日だけで機能するものではない。
むしろ、選挙と選挙の間に、市民がどれだけ制度を見ているかによって、その質は大きく変わる。制度を知ること。資料を読むこと。議論を追うこと。疑問を持つこと。説明を求めること。
これらもまた、市民参加の一つなのである。
市民が制度を監視するとはどういうことか
「監視」という言葉には、行政や政府と対立するイメージがあるかもしれない。しかし、本来の意味はもっと穏やかである。制度が変わる理由を知る。その根拠を確認する。賛成と反対の双方の意見を読む。自分なりに判断する。必要であれば意見を伝える。それだけでも十分に監視である。
行政にとっても、市民から質問されることは制度を磨く機会になる。説明責任とは、批判されることではない。説明できる状態にあることである。
だから、市民が制度を見続けることは、行政にとっても民主主義にとっても必要な営みなのである。
ucoが記事を書き続ける理由
ucoでは、これまで大阪都構想、議会改革、選挙制度、市民参加、公共施設、教育など、さまざまな制度を取り上げてきた。
それは行政を批判するためではない。
制度は、一度決まると長い間社会のルールになる。だからこそ、「決まってから」ではなく、「決まる前」に考えることが重要だと考えている。市民は、すべての法律を専門的に理解する必要はない。しかし、「何が変わろうとしているのか」を知ることはできる。
そのための材料を提供することが、私たちの役割である。私たちは「賛成か反対か」を読者に押し付けたいのではない。制度の意味を理解し、自分自身で判断できる人を一人でも増やしたいのである。
「自治」は、制度を見続けることから始まる
「自治」という言葉を聞くと、多くの人は自治会や町内会を思い浮かべるかもしれない。しかし、本来の自治とはもっと広い。自分たちの暮らしを左右するルールに関心を持ち、そのルールがどのようにつくられ、変えられていくのかを見続けること。
それも自治の一つである。
もし制度変更を行政だけに任せ、市民が「知らない」「分からない」で済ませてしまえば、社会は少しずつ市民から遠いものになっていく。逆に、市民が制度を見つめ続ければ、行政もまた市民への説明を怠ることはできない。
民主主義とは、政府だけがつくるものではない。
市民が制度を見続けることで、初めて成り立つ仕組みなのである。
市民が、自分自身の判断を持つために。
個人情報保護法の改正は、一つの法律の話に見える。
しかし、その本質はもっと大きい。社会のルールが、誰によって、どのような理由で、どのような手続きを経て変わっていくのかという問題である。私たちが守るべきなのは、「今ある制度」ではない。制度を市民が監視し、必要に応じて問い直すことができる社会である。その力が失われたとき、民主主義は静かに形を変えていく。そういった制度変更は常に追い続ける必要がある。
賛成か反対かを決めるためではない。市民が、自分自身の判断を持つために。
<山口 達也>

