「私たちは未来へ何を残すのか」第5回
文化を評価する物差しが、未来へ残される文化を変える
文化施設には、資料の収集や保存、調査研究、展示、教育普及など、さまざまな役割がある。しかし近年、博物館や美術館には、入館者を増やし、観光や地域経済に貢献し、自ら収入を得る「稼ぐ力」が求められるようになった。
文化施設の運営費や文化財の保存費用を、市民の寄付や民間資金によって支えるしくみも広がっている。
こうした変化は、個々の施設が独自に始めたものではない。
2000年代以降、政府の文化政策は、文化芸術を公が守り支えるものとしてだけでなく、社会や経済に新たな価値を生み出すものとして位置づけるようになった。
さらに「文化への投資」という言葉も、公が文化を支えることから、文化施設や文化団体が価値と収益を生み出し、それを文化へ再投資することへと、その意味を変えてきた。
第1回から第4回までは、文化政策がどのように変わってきたのかを見てきた。ここからは、その政策転換によって、何が文化の価値として評価され、何が評価の中心から外れていったのかを考えたい。
文化施設や文化団体には、「自律的・持続的な運営」が求められている。
では、その運営が自律的であり、持続的であるかどうかは、誰が、何によって判断するのだろうか。
文化政策は二つの価値を掲げた
2018年に閣議決定された第1期文化芸術推進基本計画は、文化芸術の価値を「本質的価値」と「社会的・経済的価値」に分けて説明した。本質的価値とは、文化芸術が人間にもたらす価値である。
文化芸術は、豊かな人間性を育み、創造力と感性を養い、人が人らしく生きるための糧となる。また、自分がどのような歴史や文化の中に生きているのかを知り、文化的な伝統を尊重する心を育てる。
一方、社会的・経済的価値には、文化芸術を通して人と人が理解し合うこと、地域社会の基盤をつくること、新たな需要や付加価値を生み出すことなどが含まれている。
この二つは、もともと対立するものとして示されたわけではない。
文化が人を育てることも、地域社会を支えることも、経済活動につながることも、文化芸術が持つ「多様な価値」として併記された。
第2期基本計画にも、文化芸術は人々に安らぎや勇気、希望を与え、人間にとって必要不可欠なものであると書かれている。新型コロナウイルスの感染拡大を経験し、文化芸術の本質的価値が改めて認識されたとも記されている。
政府が、文化の本質的価値を否定したわけではない。問題は、政策を実施した後、その成果をどのような物差しで確かめたのかという点にある。
政策は何を「成果」として測ったのか
第1期基本計画は、2018年度からの5年間に取り組む政策を、次の六つの戦略に分けた。
- 文化芸術の創造・発展・継承と文化芸術教育
- 文化芸術への効果的な投資とイノベーション
- 国際文化交流と、文化を通じた相互理解・国家発信
- 多様な価値観と包摂的な社会の形成
- 専門人材の確保・育成
- 地域の連携・協働を支える基盤づくり
そして、それぞれの戦略に「進捗状況を把握するための指標」を設けた。
指標には、文化芸術を鑑賞・体験した人の割合、博物館や美術館の入場者数、地域の文化環境への満足度などが並ぶ。さらに、文化GDP、アート市場やコンテンツ市場の規模、映画の興行収入、国立美術館・博物館が受け入れた寄付金など、文化が生み出す経済的価値や資金調達を示す項目も加えられた。
これらの数字を把握すること自体に問題があるわけではない。
文化芸術に触れる機会が広がっているか。文化を担う人が活動を続けられているか。公費による事業がどのような成果を生んだか。政策を検証するためには、一定の指標が必要である。
しかし、2023年に策定された第2期基本計画が第1期の成果を振り返る部分では、政策の進展がおもに次のような変化によって説明されている。
- 文化芸術活動への参加割合が増えた
- オンラインで文化資源を訪れた人が増えた
- 研修の受講者が増えた
- 各地で文化プログラムが実施された
- 国立文化施設への寄付額が維持された
いずれも、人数、割合、件数、金額によって変化を把握できる項目である。
一方、文化財の保存や修復はどこまで進んだのか。未整理の資料はどれだけ残っているのか。学芸員や専門職員が収集や研究に使える時間は確保されたのか。地域の記憶を残す仕事は継続できているのか。
その達成状況は、同じようには示されていない。
政府は、文化の本質的価値を否定したわけではない。
定性的・質的な評価が必要であることも認識していた。
しかし、政策の進展を説明する場面では、人数、割合、件数、金額など、変化を示しやすい項目が前面に置かれた。
では、収集、保存、研究、記録、専門人材の継承は、本当に評価することができなかったのだろうか。
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