行政は何のために変わるのか第1回
行政は、社会の変化に応じて変わらなければならない。
人口が減少し、財政に限りがあるなかで、これまでと同じ制度や事業を、そのまま続けることが難しくなる場合もある。無駄を省き、新しい技術を取り入れ、より少ない負担で必要なサービスを届けることも求められる。
だから、行政改革そのものを否定することはできない。
しかし、市民が問うべきなのは、「改革を行ったか」だけではない。
行政は、何のために変わったのか。
変わったことによって、市民の暮らしはどうなったのか。
改革の結果を、削減した予算や職員数だけで判断してよいわけではないだろう。
改革は「減らすこと」とともに進められた
2004年に閣議決定された「今後の行政改革の方針」は、「民間にできることは民間に」「地方にできることは地方に」という考え方を掲げた。
国が直接行う必要のない事務や事業については、民営化、民間委託、PFIの活用、独立行政法人への移管などを進め、組織と業務の「減量・効率化」を図るとした。
その背景には、財政状況の悪化や社会経済の変化がある。必要性の低下した事業を見直し、仕事の進め方を改善することには意味がある。
一方、この方針では、定員の削減や事業費の縮減、民間委託やアウトソーシングの推進など、行政を小さくすることが具体的な目標として示された。
行政の役割をどのように変えるのかよりも、組織、職員、事業、費用をどれだけ減らしたかによって、その成果が示されるようになった。
出典:[「今後の行政改革の方針」2004年12月24日閣議決定]
大阪市は何を成果として示してきたのか
大阪市も長年にわたって市政改革を進めてきた。
大阪市が公表している「これまでの市政改革の主な成果・取組一覧」には、職員数の削減、外郭団体の見直し、施策・事業の見直しによる削減効果額、市債残高の縮減、民間委託や民営化などの実績が並んでいる。
行政がどれだけの人員と費用を使っているのかは、市民にも明らかにされなければならない。これらは、行政運営を検証するうえで必要な数字である。
ただし、そこに並ぶ数字には、ある共通点がある。
- 削減した金額
- 減らした職員数
- 見直した事業数
- 廃止・統合した団体数
- 民間へ移した業務
いずれも改革によって「減らしたもの」を示す数字である。
しかしその結果、何が維持され、何が失われたのかは、この数字だけではわからない。
- 職員を減らしたあとも、必要な仕事は滞りなく行われているのか。
- 事業を民間へ委ねたあとも、行政はその内容と質を把握できているのか。
- 費用の削減によって、市民の安全や利便性に影響は生じていないのか。
- 将来必要になる人材、施設、技術、経験は残されているのか。
削減額を示すことと、改革の結果を示すことは、同じではない。
出典:[大阪市「これまでの市政改革の主な成果・取組一覧」]
民間の手法と行政の目的
行政改革では、「民間の経営感覚を取り入れる」という考え方が重視されてきた。
業務の進め方を改善し、新しい技術を活用し、市民の必要に素早く応えるために、民間企業の手法から学ぶことには意味がある。
しかし、民間企業の手法を取り入れることと、企業の経営目的まで行政の目的にすることは、別の問題である。
企業は、事業を続けるために収益を確保しなければならない。採算の合わない事業から撤退することも、経営上の選択になり得る。
これに対して行政は、採算が合わなくても、社会に必要なものを維持する役割を担っている。
防災、福祉、教育、文化、ごみ処理などは、それぞれの事業だけを見れば利益を生み出さないかもしれない。しかし、それらが機能しなくなれば、市民の暮らしや社会全体に大きな損失が生じる。
行政に必要なのは、利益を最大化することよりも、社会に生じる損失を防ぎ、市民の暮らしを支えることではないだろうか。
削減しても仕事はなくならない
職員を削減しても、行政が担う仕事までなくなるわけではない。
仕事は、民間事業者への委託、人材派遣、会計年度任用職員など、別の担い手へ移されることがある。人件費として見えていた費用が、委託料など別の支出に変わる場合もある。
大学や博物館への公費を減らしても、教育、研究、資料の収集や保存に必要な費用が消えるわけではない。確保できない人材、更新されない施設、継承されない知識として、負担が将来へ送られることもある。
しかし、行政の内部から失われた能力や、別の場所へ移された負担まで含めなければ、改革が社会にもたらした結果は見えてこない。
民間委託によって費用や職員を減らすことができたとしても、それだけで改革の成果とは言えない。
- 委託先を選ぶ能力
- 適正な価格を積算する能力
- 契約どおりに業務が行われているかを検証する能力
こうした能力まで、行政から失われていないだろうか。
行政が仕事を外へ移すとき、行政の内部に何を残さなければならないのか。
その視点がなければ、削減とともに、行政が公共を担う能力まで失われるおそれがある。
「使われていないもの」は無駄なのか
平常時には使われていない人員や施設、設備は、効率だけを基準にすれば「余分なもの」に見える。
しかし、社会を支える仕組みには、日常的に使われていないからこそ意味を持つものがある。
大阪広域環境施設組合の一般廃棄物処理基本計画は、ごみ焼却工場の建て替えや大規模改修を進めながら、安定したごみ処理を続けるために「必要な処理余力」を確保するとしている。
焼却炉は、定期的な整備や故障によって停止することがある。一つの工場を建て替えている間も、ほかの工場で地域のごみを処理し続けなければならない。
平常時だけを見れば、使われていない処理能力は非効率に見える。だが、施設の故障や整備が重なったとき、その余力が、ごみ処理を止めないための力になる。
これは、ごみ処理だけの問題ではない。
- 災害に備える人員や物資
- 感染症に対応する病床や保健所
- 老朽化した施設を補う予備の設備
- 地域の事情を知る職員と、その経験
使われなかった備えは、成果として数字に表れにくい。
しかし、被害を防ぎ、暮らしを止めなかったことも、行政が生み出した成果ではないか。
出典:[大阪広域環境施設組合「一般廃棄物処理基本計画」2026年3月改定]
改革を、何によって測るのか
- 予算を減らしたか
- 職員を減らしたか
- 事業を民間へ移したか
それらは、行政改革を検証するために必要な情報である。しかし、それだけでは、改革の目的が達成されたかどうかはわからない。
- 暮らしを守る力は高まったか
- 安全と安心は向上したか
- 市民が行政の決定に参加できる場所は広がったか
- 地域とのつながりは強まったか
- 将来世代への責任を果たしているか
- 公共としての役割を維持できたか
- 行政が公共を担うための人材、経験、技術、判断力は残されたか
行政改革は、削った量だけでなく、変えた結果を市民の暮らしから確かめなければならない。
行政は変わらなければならない。
だからこそ問いたい。
行政は、何のために変わるのか。
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