地域の助け合いを、誰が支えるのか
このレポートの作成方法と資料上の限界
筆者は韓国語の法律原文を独力で読解できる者でも、韓国の法制度を専門とする研究者でもない。本レポートでは、韓国政府、国会、法令情報などが公表した一次資料をもとに、生成AIを利用して韓国語資料の翻訳、制度の整理、日本の行政制度との比較、原稿の下書きを行っている。二つの参考資料も、主としてこの方法によって作成したものである。
そのうえで、何を問題として捉えるか、日本の制度とどのように比較するか、どの記述を採用するかについては、筆者が判断し、編集している。
法律に関する記述については、韓国語原文に加え、日本協同組合連携機構が公開した日本語仮訳などとも照合する。ただし、翻訳や制度の理解に誤りが含まれる可能性を完全には排除できない。このレポートは法律の専門的な逐条解説ではなく、現時点で確認できる資料から制度の意味を考えようとする調査と検討の記録である。
基本法は国会を通過したばかりであり、具体的な施行令、基本計画、予算、評価方法などはこれから明らかになる。新たな資料が公表された場合や、記述の誤りが確認された場合は、随時修正する。
韓国の制度を礼賛することが目的ではない。市場だけでも行政だけでも解決できなくなった問題に対して、社会はどのような第三の制度をつくることができるのか。そして、自治体の成果を「行政に残った金」ではなく「市民の側に残った豊かさ」によって測ることができるのか。その問いを、読者とともに考えていきたい。
病院に行きたい。買い物に出かけたい。友人に会いたい。
普段なら自分でできることも、車を運転できなくなり、近くにバスも来なくなれば、誰かに頼らなければ難しくなる。
そんなとき、地域の人が送迎してくれるようになったら、心強いだろう。出かける機会を取り戻し、家族に遠慮していた用事も済ませられるかもしれない。
では、その送迎を続けるために、誰が費用を負担し、運転する人を支えるのか。頼める人がいない地域では、どうすればよいのだろうか。
前回は、日本にも地域を支える多様な活動と支援制度があることを確認した。今回は、担い手の無理に頼らず助け合いを続けるために、市民の活動を行政はどう支えればよいのかを考えたい。
助け合いを、続けられるものにする
近所の人の困りごとに気づき、手を貸す。得意なことを持ち寄り、一人ではできない仕事を一緒に行う。こうした助け合いには、行政の制度だけでは生まれにくい関係や、小さな変化に気づける近さがある。
ただ、「地域で助け合えばよい」と言うだけでは、解決しないことがある。
送迎できる人にも仕事や家庭があり、体調を崩すこともある。担い手が少なければ、残った人に負担が集中することも考えられる。
また、隣人には話しにくい事情を抱えている人や、地域のつながりに入りづらい人もいる。支援を受けるために、地域との付き合いを強いられるようでは困る。
「共助」という言葉で活動を励ますなら、誰がどれほどの負担を引き受け、助け合いに加われない人にも必要な支援が届くのかを、併せて考えなければならない。
行政には、活動を支えるとともに、それだけでは届かない人への対応を確保する役割が求められる。住民が運行する交通でも、利用できない地域や時間帯が残れば、交通事業者などと対応を検討する。誰が仕事を担う場合にも、行政が果たす役割を具体的にしておく必要がある。
地域の仕事を担う人のくらしも、支えられるか
日本にも、住民の移動を支える仕事を、協同して担う例がある。
京都府京丹後市の労働者協同組合「TANGO CREW’S(タンゴクルーズ)」は、公共ライドシェアに取り組んでいる。市は2025年11月、同組合を運行主体とする実証運行を、久美浜町などで始めた。住民らの自家用車を使い、移動手段の確保を図る事業である。(訳注1)
この事例を手がかりに、地域の交通を維持するための条件を考えてみたい。
運行には、運転のほかに、予約の受付、配車、安全の確認、車両の維持などの仕事がある。利用料金を抑えるなら、その料金で賄えない費用をどう負担するかも決めなければならない。
利用者が増えても、担い手の負担が増え続ければ、活動は長く続かない。反対に、費用をすべて利用者に求めれば、料金を払えず使えなくなる人が出る可能性がある。
事業の収入と経費、働く人の待遇、利用者の負担を確かめ、行政による支援を含めて組み立てる。地域を支える仕事によって、担い手自身もくらしを成り立たせられることが重要である。
支援を受けても、自分たちで決められるか
費用を支えるしくみとともに、何を行い、どう改善するのかを、誰が決めるかという問題もある。
例えば、送迎の利用者が「午後にも病院に行けると助かる」と伝えたとする。運転する人からは、「今の人数では時間を延ばせない」という意見が出るかもしれない。
この二つの意見を、単なる要望と断りで終わらせず、運行時間、人員、費用を見直す話につなげられるだろうか。事業者だけでは対応できないなら、行政や交通事業者と協議する場も必要になる。
意見を集めた後には、検討した内容と、変えたこと、変えられなかった理由を、利用者や働く人に返す。そこまで行って、運営に関わる道が見えてくる。
また、公的な支援を受ける団体にも、地域の困りごとや制度の不足を行政に伝える自由がなければならない。支援を失うことを恐れて意見を言えなくなれば、現場から制度を改善する機会も失われる。
公費の使い道を説明することと、団体が自ら活動の方針を決めることは、両立させるべき課題である。支援の基準や選考の過程を明らかにし、行政への異論と事業の評価を混同しない運用も求められる。
支出と利用件数だけでは、見えないことがある
では、地域を支える仕事の成果は、何によって確かめればよいのだろうか。
交通なら、運行経費や利用人数、運賃収入は欠かせない情報である。限られた予算でどのような効果を得られたか、ほかの方法と比べて適切かも検討しなければならない。
しかし、利用者が少ない送迎を、単に「一人を運ぶ費用が高い」とだけ評価したら、何を見落とすだろうか。
その送迎によって、通院を諦めずに済んでいる人がいるかもしれない。自分で食材を選ぶ楽しみを取り戻した人や、家族が仕事を休んで送迎する負担が減った人もいるかもしれない。
こうした変化は、運行件数や収支だけからはわからない。利用前後の生活を聞き取り、誰のどのような困難が減ったのかを確認する必要がある。
同時に、予約が取れなかった人や、運賃を払えず利用を諦めた人のことも調べたい。満足度が高くても、使いたい人が使えていなければ、改善すべき点が残っている。
ただし、細かな報告を次々と求めれば、その事務が活動を圧迫する。行政が調査を担うなど、確かめる側の責任も必要である。
評価は、支援を続けるか打ち切るかを判断するためだけに使うものではない。利用できない人がいるなら運行区域や料金を、担い手に無理があるなら人員や支援額を見直す。そのために、数字と当事者の経験を結びつけるのである。
では、そこで確かめた価値を、行政の予算や制度にどう反映すればよいのだろうか。次回は、地域に残る豊かさを支える「公共の経済」を、日本でどう形にできるかを考える。
訳注
訳注1 労働者協同組合TANGO CREW’Sと公共ライドシェア
京都府京丹後市で2023年12月11日に設立。厚生労働省は、駅舎カフェの運営や公共ライドシェアなどに取り組む労働者協同組合として紹介している。
京丹後市は2025年10月23日の報道資料で、同年11月1日から2026年3月31日まで、久美浜町全域と網野町の一部で、同組合を運行主体とする実証運行を行うと発表した。本稿はこの開始時の事実を紹介するもので、当時の条件を現在の利用案内として示すものではない。
本事例は、道路運送法に基づく自家用有償旅客運送のうち、交通空白地有償運送に当たる。本文の費用負担、労働条件、運営参加、評価の論点は、地域の交通を維持する条件についての一般的な検討であり、同組合の経営状況や問題点を指摘するものではない。
主な参照資料
- 京丹後市「京都府下初! 労働者協同組合によるライドシェア運行」(2025年10月23日、PDF)
- 厚生労働省「労働者協同組合の活動事例」(TANGO CREW’S紹介)
- 厚生労働省「労働者協同組合TANGO CREW’S 基本情報」(PDF)

