都市から失われる木陰
猛烈な暑さが続いている。
外出すれば、できるだけ建物や街路樹の陰を選んで歩く。信号を待つ短い時間でさえ、木陰があるかどうかで、身体に感じる暑さは大きく違う。
ところが、その木陰が都市から失われている。
東京大学の研究チームが、東京23区の「樹冠被覆率」を調べた研究結果が報じられた。
樹冠被覆率とは、樹木の枝や葉が地面を覆う面積の割合である。東京23区では、2013年の9.2%から2022年には7.3%へ低下した。わずか9年間で、東京ドーム256個分に相当する木陰が失われたことになる。
樹木の本数だけを見ていては、この変化はわからない。
大きな樹冠をもつ成熟木を一本伐採し、代わりに若木を一本植えれば、帳簿上の本数は変わらない。しかし、失われた木陰や、葉から水分を放出して周囲の気温を下げる蒸散の効果は、すぐには回復しない。
都市の暑さを考えるうえで重要なのは、何本の木があるかだけではなく、その枝葉がどれだけ都市を覆い、木陰をつくっているかである。
樹冠の変化と死亡率との関連
2026年8月、都市の樹冠と住民の健康との関係を考えるうえで、注目すべき研究が学術誌『GeoHealth』に掲載された。
米国ノースウェスタン大学などの研究チームによる「シカゴの地域を対象とした樹冠増加と死亡率低下との関連についての縦断分析」である。
研究チームは、シカゴ市内801の国勢調査区を対象に、2011年から2021年までの樹冠被覆率、夏季の最高気温、大気汚染、所得などの地域データと、22万711人の死亡記録を組み合わせて分析した。
その結果、ある時点で樹冠が多いか少ないかという「現在量」よりも、その地域で樹冠が前年から増えたか、それとも失われたかという変化の方が、死亡率と強く関連していた。

樹冠が年々増加した地域では死亡率が低く、樹冠を失った地域では死亡率が高くなる関連が確認された。循環器疾患、呼吸器疾患、精神・行動の障害など、死因別の死亡率との関連も示され、とりわけ精神・行動の障害による死亡率との関連が大きかった。
ただし、この分類には物質使用障害なども含まれるため、樹木の増減が個々の精神疾患に直接影響したと単純に解釈することはできない。
さらに研究では、市内で気温が高い地域ほど、樹冠の減少と死亡率上昇との関連が強いことが示された。反対に、樹冠の減少が小さい、あるいは増加している場合には、高温地域でも死亡率が相対的に低い傾向がみられた。
この研究は観察研究であり、樹冠の減少が死亡率の上昇を直接引き起こしたと証明したものではない。居住年数を確認できないことや、すべての社会的要因を取り除くことができないといった限界も、研究者自身が示している。
それでも、所得、夏季気温、大気汚染などを統計的に調整した後にも、樹冠の年ごとの増減と死亡率との関連が確認されたことには重要な意味がある。
研究者は、植樹を増やすだけでなく、既存の樹冠を維持すること、そして樹冠を最も必要とする地域で拡大することの両方が必要だと指摘している。
若木が大きな樹冠を形成するまでには、長い年月がかかる。成熟木を失ってから新たに植えるのではなく、いまある樹木を適切に手入れし、樹冠を維持することが、市民の健康を守ることにつながる可能性がある。
大阪市の緑化行政は何を測っているのか
では、大阪市の緑化行政は、都市の樹木が市民の健康や生命にもたらす効果を、どのように捉えているのだろうか。
2026年度から始まった「大阪市緑の基本計画〈2026〉」は、みどりが二酸化炭素の吸収だけでなく、ヒートアイランド現象の緩和にも役立つことを認めている。
同計画が成果を測る指標として掲げているのは、「身近なみどりの満足度」「みどりが増えたと感じる人の割合」「身近な公園の利用頻度」である。
量的な指標には、緑被率10.7%を「現状以上」とすることや、市民一人当たりの都市公園面積が置かれている。また、まちなかで目に入る緑の割合を示す「緑視率」も使われる。
しかし緑被率には、樹木だけでなく、芝生や草地なども含まれる。緑視率は、歩行者からどれだけ緑が見えるかを捉える指標である。いずれも、都市を覆う樹冠がどれだけあり、それが地域ごとに増えているのか、失われているのかを示すものではない。

大阪市は、街路樹・公園樹について「樹木樹林率」を測り、将来は「一本当たり樹冠投影面積」を指標に加えることを検討している。しかし、現在示されているのは市が管理する街路樹・公園樹が中心であり、民有地を含む市域全体の樹冠被覆率や、その経年変化は明らかにされていない。
大阪市の計画に、気候変動やヒートアイランドへの認識がないわけではない。問題は、その認識が、市民の健康や生命を守るための成果指標にまで具体化されていないことである。
どの地域で樹冠が失われているのか。
どこで樹冠の不足と高温が重なっているのか。
木陰の少ない地域では、熱中症や健康被害がどのように発生しているのか。
現在の計画からは、こうしたことを継続的に測り、政策に反映するしくみが見えてこない。
美観から公衆衛生へ
都市の樹木は、景観を整え、憩いを与えるだけのものではない。
木陰をつくり、気温を下げ、大気環境を改善する。人が外を歩き、地域で過ごすことのできる環境を支える。土壌浸食を抑え、生物多様性を守る役割もある。
シカゴの研究に参加した研究者は、多くの人が樹木を美観やアメニティとして捉えているが、本来は公衆衛生インフラの一部として認識されるべきだと指摘している。
この捉え方に立てば、街路樹や公園樹は、建設局が本数を管理するだけの施設ではない。気候変動への適応策であり、市民の健康と生命を守る政策でもある。
樹木の伐採や剪定も、道路や公園の維持管理だけで判断することはできない。一本の成熟木がつくる樹冠と木陰を失うことが、地域の暑熱環境や市民の健康にどのような影響を与えるのかまで考えなければならない。
気候変動による暑さが、市民の生命を脅かすほどになっている。
行政が測るべきものも、樹木の本数や管理面積だけでは足りない。樹冠が維持されているか、木陰が増えているか、その利益が暑さに弱い地域や人々に届いているかを測る必要がある。
都市の樹木を、景観や憩いのための付加的な施設から、市民の生命と健康を支える公衆衛生インフラへと位置づけ直す。
緑化行政は、そうした転換が必要な時代を迎えているのではないだろうか。
ucoでは、今後大阪市の緑化政策について検証し、改めて報告する予定である。
参考資料
- Garcia, H. C. et al. “Increasing Urban Tree Canopy Associated With Reduced Mortality: A Longitudinal Analysis of Chicago Neighborhoods,” GeoHealth, 2026.
- 大阪市「大阪市緑の基本計画〈2026〉」

