「私たちは未来へ何を残すのか」第6回
前回の「文化政策は何を「成果」として測ったのか」では、国の文化政策が、文化芸術の価値をどのように捉え、その進展を何によって確かめてきたのかを見た。
文化芸術推進基本計画は、文化芸術そのものが持つ「本質的価値」と、教育、福祉、地域づくり、観光、産業などにつながる「社会的・経済的価値」の双方を掲げていた。
しかし、計画の進捗を説明する際に前面に置かれたのは、文化芸術活動に参加した人の割合、オンラインで文化資源を訪れた人の数、研修の受講者数、文化プログラムの件数、国立文化施設への寄付額などだった。
いずれも政策の変化を知るために必要な数字である。
一方、文化財の保存や修復はどこまで進んだのか。未整理の資料はどれだけ残っているのか。学芸員や専門職員が収集や研究に使える時間は確保されたのか。地域の記憶を残す仕事は継続できているのか。
その達成状況は、同じようには示されていなかった。
では、収集、保存、研究、記録、専門人材の継承は、本当に評価することができなかったのだろうか。
政策は、別の評価方法を知っていた
文化芸術の価値を、人数や金額だけで評価してはならない。
このことは、後になって指摘された問題ではない。政府が2002年に策定した最初の基本方針は、すでに次のように記していた。
文化芸術の各分野の特性を十分に踏まえ、定量的な評価のみならず、定性的な評価を含む適切な評価方法を開発、確立していく。
人数、件数、割合、金額などを数えるだけでなく、活動の内容や質、文化的・社会的な意味も確かめる。しかも、すべてを同じ物差しで比べるのではなく、分野ごとの特性を踏まえて評価するという考え方である。
この方針は2007年にも引き継がれた。2011年の基本方針では、定性的な評価を活用することに加え、中長期的な影響や効果を測る方法についても調査研究するとした。
文化の成果は、短期間に現れるとは限らない。分野や施設によって、果たす役割も異なる。そのことを、政府自身が理解していたのである。
評価する方法がなかったわけではない。
では、収集、保存、研究、記録、専門人材の継承は、どのように確かめることができるのだろうか。
保存や研究も、確かめることができる
定性的な評価は、担当者の印象だけで判断することではない。
文化庁が2008年度にまとめた「博物館評価制度等の構築に関する調査研究報告書」では、博物館の目的や計画に照らした自己評価、専門家などによる外部評価、利用者の意見を組み合わせる方法が示されている。
評価の対象も、入館者数や収入だけではない。
資料の収集であれば、収集方針が定められているか、地域に残る資料の所在を把握できているか、散逸を防ぐための取り組みが行われているかを確かめることができる。
保存や修復では、収蔵品の状態、点検や修復の計画、未処置の資料、保存環境や防災対策の状況を見ることができる。
調査研究についても、論文の本数だけではなく、研究によって資料の価値がどのように明らかになり、その成果が展示、教育、保存方法の改善にどう生かされたのかを評価できる。
専門人材の継承では、研修を受けた人数に加え、必要な職種が配置されているか、経験や技術が次の世代へ引き継がれているか、職員が収集や研究に使える時間を確保できているかを確認できる。
これらを、すべて一つの数値に置き換えることはできない。しかし、施設の目的に照らし、記録、実績、専門家の判断、利用者や地域の意見を組み合わせれば、その仕事が果たされているかを確かめることはできる。
「一つの数値で比較しにくい」ことと、「評価できない」ことは同じではない。

何を測るかは、何を守るかを決める
第1期文化芸術推進基本計画の中間評価では、六つの戦略の進捗が「具体的な数値を示しつつ」評価された。
文化芸術活動に参加した人の割合、オンラインで文化資源を訪れた人の数、研修の受講者数、文化プログラムの件数、国立文化施設への寄付額。こうした数値は、政策の変化を共通の基準で把握し、国民に説明するうえで必要ではある。
問題は、数値を使うことではない。
政策の進展を説明する代表的な指標として、比較しやすい数値が前面に置かれる一方、保存の状態、未整理資料、研究時間、専門職員の配置や技術の継承などは、同じようには示されなかったことにある。
これは、たまたま数値で示しやすい項目が報告に使われたというだけではない。2018年の「文化経済戦略アクションプラン」は、美術館・博物館の入場者数や文化財を中核とする観光拠点の観光客数を、「達成目標(成果指標等)」として明記した。国が、政策の成果を測る物差しとして選んだのである。
しかも、この指標は国立施設だけを対象としたものではない。地域の美術館・博物館を中核とした観光振興や地方創生についても、入場者数が成果指標とされた。
評価項目に含まれないことが、直ちに事業の廃止や予算の削減を意味するわけではない。しかし、評価されない仕事は、その必要性や成果を政策の中で説明しにくくなる。あるいは、そもそも説明の対象にならない可能性もある。
来館者数を増やした事業と、資料の劣化を防いだ仕事。収入を生んだ展覧会と、地域に残る資料を調査し記録した仕事。前者だけが成果として見えやすくなれば、限られた予算や人員をどこへ配分するかという判断にも影響する。
保存や研究の遅れは、すぐには来館者数に表れない。専門人材が減っても、施設はしばらく開館を続けられる。
しかし、資料や技術が失われた後に、同じものを取り戻すことはできない。
何を測るかは、単に評価方法を選ぶことではない。何を政策の成果として認め、何を将来へ残そうとするのかを決めることでもある。
国の物差しは、地方へ引き継がれる
2023年の「文化芸術推進基本計画(第2期)」は、政府と地方公共団体が連携して、文化芸術と経済の好循環を国家戦略として進めるとした。
つまり、国が選んだ評価の物差しは、地方公共団体にも引き継がれる。地方の文化施設に対しても、集客や観光、収益への貢献によって成果を示すことを求められやすくなる。
文化の価値を、一つの数字で表すことはできない。しかし、それは評価できないということではない。
国の基本方針は、定量的な評価だけでなく、定性的な評価や中長期的な影響の検証が必要だとしていた。博物館についても、目的や計画に照らした自己評価、専門家による外部評価、利用者や地域の意見を組み合わせる方法が検討されてきた。
それでも、政策の進捗を示す際には、人数、件数、割合、金額などが前面に置かれた。
文化政策を評価するために必要なのは、利用者が増えたか、収入が増えたかだけではない。資料や技術、地域の記憶を、次の世代へ渡せる状態に保てているか。そのための人材や時間を確保できているかも、確かめなければならない。
政策が何を測るかという問題は、何を成果として認め、何を公の責任として残そうとするのかという問題でもある。
では、こうした国の文化政策の変化は、大阪の文化や教育をめぐる行政に、どのように表れているのだろうか。
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