社会的連帯経済基本法レポート 第2回

レポート
この記事は約11分で読めます。

このレポートを始めるにあたって

韓国の「社会連帯経済基本法」は、報道を読んだだけでは、その制度の全体像や、日本社会に照らしたときにどのような意味を持つのかが理解しにくい法律だった。そこで、成立した基本法と関連政策をより深く理解し、その過程を読者と共有するため、このレポートを始めることにした。

本レポートでは、韓国政府等が公表した資料をもとに、生成AIを利用して韓国語資料の翻訳、制度の整理、日本との比較、原稿の下書きを行い、筆者が問題の設定、構成、採用する記述を判断し、編集している。

このレポートの作成方法と資料上の限界

筆者は韓国語の法律原文を独力で読解できる者でも、韓国の法制度を専門とする研究者でもない。本レポートでは、韓国政府、国会、法令情報などが公表した一次資料をもとに、生成AIを利用して韓国語資料の翻訳、制度の整理、日本の行政制度との比較、原稿の下書きを行っている。二つの参考資料も、主としてこの方法によって作成したものである。

そのうえで、何を問題として捉えるか、日本の制度とどのように比較するか、どの記述を採用するかについては、筆者が判断し、編集している。

法律に関する記述については、韓国語原文に加え、日本協同組合連携機構が公開した日本語仮訳などとも照合する。ただし、翻訳や制度の理解に誤りが含まれる可能性を完全には排除できない。このレポートは法律の専門的な逐条解説ではなく、現時点で確認できる資料から制度の意味を考えようとする調査と検討の記録である。

基本法は国会を通過したばかりであり、具体的な施行令、基本計画、予算、評価方法などはこれから明らかになる。新たな資料が公表された場合や、記述の誤りが確認された場合は、随時修正する。

韓国の制度を礼賛することが目的ではない。市場だけでも行政だけでも解決できなくなった問題に対して、社会はどのような第三の制度をつくることができるのか。そして、自治体の成果を「行政に残った金」ではなく「市民の側に残った豊かさ」によって測ることができるのか。その問いを、読者とともに考えていきたい。

バスが消え、働き口が遠のき、家族だけでは支えきれなくなる

地域から若者が減る。利用者の少なくなった商店やバス路線がなくなる。高齢者が自宅でくらし続けようとしても、通院の付き添い、食事、買い物、家の修繕までを一つの制度が引き受けてくれるわけではない。子どもを預ける場所はあっても、利用時間や保育の内容が親の働き方に合わず、仕事を断念する人もいる。

韓国で社会連帯経済が政策課題になった背景には、このような一つひとつの生活上の困りごとがある。これらは、個人や家族の努力だけでは支えきれなくなった問題でもある。大企業を軸とする成長、首都圏への人口と機会の集中、雇用の二重構造、急速な高齢化が重なるなかで、政策として取り組むべき課題になった。

市場では採算を取りにくく、行政では制度ごとに担当が分かれる。その狭間で置き去りにされた仕事を、協同組合、社会的企業、住民組織、非営利団体などが担ってきた。今回は、こうした担い手を必要とした韓国社会の側を見ていく。

大企業に入れるかどうかで、その後が分かれる

韓国は、輸出産業と大企業集団を中心に急速な工業化を進めた。問題は、大企業が成長したこと自体ではなく、大企業とそれ以外の企業のあいだに、生産性、賃金、雇用の安定、福利厚生の大きな差が残ったことである。

日本でも、親会社と下請企業、正規雇用と非正規雇用のあいだに条件の差がある。韓国にも似た構造があるが、若者が少数の「良い仕事」をめぐって長く競争し、その入口が有力大学への進学や首都圏での生活と強く結びついている点は、より鮮明である。

OECDは、韓国の中小企業と大企業の生産性格差が加盟国のなかでも大きいと指摘している。若者のなかには、大企業や公的部門の安定した職を得るために就職を遅らせる人がいる一方、中小企業で非正規の仕事から職業生活を始める人もいる。卒業した大学による初任給の差も、その後の年齢層でさらに広がる。

そのため、就職競争は単に「どの会社で働くか」を決めるだけではない。安定した収入を得られる時期、住まいを持てる場所、結婚や出産を考えられる時期まで左右する。子どもの将来を案じる家庭は教育費を増やし、より多くの教育機会がある首都圏を目指す。企業間の格差が、教育競争と首都圏集中をさらに強める循環が生まれる。

1997年の危機で表面化した、企業と家族に頼る生活保障

1997年のアジア通貨危機では、企業倒産や人員削減が相次いだ。そこで表面化したのは、失業時の所得保障や再就職支援が十分でなく、企業の安定雇用と家族による扶養に生活保障の多くを頼っていたという弱点だった。安定した雇用から外れれば、本人と家族が短期間のうちに困窮しかねなかった。

ただし、危機のあとに政府が何もないところから活動をつくったわけではない。韓国ではそれ以前から、貧困地域で活動する宗教者や市民運動の担い手が、日雇い労働者などと生産共同体をつくっていた。信用協同組合、消費者協同組合、共同育児の協同組合も、市民の手で生まれていた。

政府は1996年、こうした現場との接点を持つ「自活支援センター」を5か所で試行した。通貨危機後の大量失業と貧困の広がりを受け、2000年施行の国民基礎生活保障法のもとで制度化されたものが、現在の「地域自活センター」である。

地域自活センターは、役所の出先機関ではない。社会福祉法人、社会的協同組合などの非営利法人・団体が申請し、自治体などの保障機関から指定を受けて運営する。保健福祉部の制度に属し、生活に困窮する人への相談、職業教育、就職のあっせん、共同事業や起業の支援を行う。2025年時点で全国250か所に置かれている。

行政が財源と制度上の位置を与え、民間の非営利組織が地域の人びとと事業をつくる。ここには、のちの社会連帯経済政策につながる官民関係の原型が見える。

仕事をつくることが、地域のサービスを支える

自活支援の現場で取り組まれたのは、清掃、リサイクル、住宅修繕、家事支援、介護などだった。これらは、地域で必要とされる一方、利用者の支払能力だけに任せると事業として成り立ちにくい。参加者に仕事を用意するだけでなく、その仕事によって地域の生活課題に応えるという二つの役割があった。

担ったのは、地域自活センターが支援する作業グループや共同事業体、既存の生産共同体などである。政府は2003年に「社会的雇用」事業を始め、就職しにくい人の仕事づくりと、不足する社会サービスの供給を結びつけた。2007年の社会的企業育成法は、その一部を「社会的企業」として認証し、支援する道を開いた。

つまり、韓国の社会的経済政策は、理念だけから始まったのではない。失業と貧困にどう対応するか、地域に必要な仕事を誰が担うかという、切迫した問いから制度が積み上がっていった。

首都圏に機会が集まり、地域から生活の土台が失われる

韓国の総人口は約5120万人である。その約半数にあたる約2570万人が、ソウル特別市、仁川広域市、京畿道からなる首都圏に住む。国土の面積に比べ、人口だけでなく、大学、雇用、研究開発投資、文化的な機会も首都圏に集まっている。

【図1】韓国の首都圏と人口分布**  
韓国の総人口約5120万人、首都圏人口約2570万人
「韓国人の半数が、国土の北西部に位置する首都圏に住む」

地方の若者は、大学や仕事を求めて首都圏へ移る。若い世代が減れば、地域企業は働き手と後継者を得にくくなる。商店の客やバスの利用者が減り、身近なサービスが撤退する。生活が不便になれば、さらに人口が流出する。OECDは、韓国の地域衰退を、このような自己強化的な循環として捉えている。

政府は人口減少地域を指定し、地域活性化策を進めている。しかし、補助金で施設を整えるだけでは、買い物、移動、食事、見守り、子育て支援など、日々の生活を支えるサービスを続けることはできない。地域で人を雇い、住民の声を聞きながら事業を運営する組織が必要になる。村企業、協同組合、社会的企業が地域政策と結びついた理由はここにある。

高齢化で増えるのは、介護サービスだけではない

韓国では、65歳以上の人口割合が2008年の約10%から、2024年には20%に達した。16年間でほぼ倍になったことになる。高齢化の速さは、既存の制度を少し拡充するだけでは対応しにくい変化を地域にもたらす。

図版2
韓国の65歳以上人口は16年間で約2倍に

住民登録人口に占める65歳以上人口の割合。

高齢者が住み慣れた家でくらし続けるには、医療や訪問看護、介護保険による訪問介護だけでなく、食事、買い物、通院の付き添い、住宅の修繕、安否確認なども要る。ところが、これらは医療、介護、福祉、自治体独自事業に分かれ、申請先、利用条件、サービスを提供する事業者もそれぞれ異なる。

韓国で2026年3月に全国施行された「医療・療養等地域統合支援」制度は、この分断そのものを政策課題として認めた制度である。市・郡・区が相談の窓口となり、在宅医療、健康管理、長期療養、日常生活支援の4分野30サービスを本人ごとの支援計画でつなぐ。退院後に自宅へ戻る人について、病院と地域の事業者を結ぶことも含まれる。

新制度が必要になった事実は、行政が何もしなかったことを意味するものではない。制度や担当部署はあっても、本人の生活は分野別には分かれていないからである。行政には給付の公平性や責任範囲が求められる一方、一人ひとりの事情に合わせて複数のサービスを組み合わせる仕事も欠かせない。その接続役として、地域の非営利組織や協同組合が関わる余地が生まれる。

子育ても同じではないが、似た問題を抱える。韓国では保育施設の利用率は高いものの、保育時間や質が働く親たちの要望に合わず、適当な預け先がないことを離職理由に挙げる母親が約3割にのぼる。施設の数だけでなく、どの時間帯に、どのような関係のなかで子どもを育てるかが問われる。1990年代から続く共同育児協同組合は、親たちがサービスの受け手にとどまらず、運営にも参加する試みだった。

別々に生まれた制度を、なぜ一つの政策として捉えるのか

韓国の社会的企業、協同組合、村企業、地域自活事業は、一つの構想に従って順番につくられたわけではない。失業対策、福祉、地域振興、協同組合政策として、別の時期に、別の省庁や自治体が制度を整えてきた。
| 社会問題            | 実践と制度                             | 所管       |
| --------------- | --------------------------------- | -------- |
| 失業・貧困           | 市民・宗教者・生産共同体の活動→1996年試行→2000年自活事業 | 保健福祉部    |
| 仕事と社会サービスの不足    | 2003年社会的雇用事業→2007年社会的企業育成法        | 雇用労働部    |
| 地域経済の衰退         | 2010年村企業                          | 行政安全部    |
| 共同事業をつくる法人制度の不足 | 2012年協同組合基本法                      | 当時の企画財政部 |
flowchart LR
    A["自活事業"] --> E["2026年 社会連帯経済基本法|共通原則・基本計画・省庁間調整"]
    B["社会的企業"] --> E
    C["村企業"] --> E
    D["協同組合"] --> E
出典:ILO『Public policies for the social and solidarity economy』、韓国関係法令などをもとに作成

この歩みから見えるのは、市場の外側に単純な「空白」があったということではない。採算だけでは続かないが地域には欠かせない仕事があり、行政の制度は存在しても、分野をまたぐ生活全体を一つの窓口や給付だけでは支えきれない。家族や地域住民が無償で抱えてきた負担にも限界がある。社会的経済の組織は、この三つの境界で活動してきた。

基本法が必要とされた一つの理由は、これらをばらばらの例外的事業として扱うのではなく、共通する原則を持つ経済活動として位置づけるためである。目的、参加、利益の使い方、行政との関係を共通の枠で捉え、分かれていた政策を調整しようとする発想である。

ただし、社会連帯経済を、行政が担うべき仕事の安上がりな代替にしてはならない。公的責任を明らかにしたうえで、住民と働く人が運営や意思決定に参加し、地域に残る価値をつくれるかが問われる。

日本にも見える、同じ輪郭

日本にも、親会社と下請企業、正規雇用と非正規雇用の格差がある。東京圏への集中が進む一方、地方では商店、公共交通、医療・福祉の担い手が減っている。高齢者の生活を支える制度も、医療、介護、障害福祉、生活困窮者支援などに分かれ、自治体や現場の調整に頼る部分が大きい。

もちろん、企業構造、福祉制度、自治体の権限、協同組合の歴史は韓国と同じではない。ここで言えるのは、成長の中心から外れた地域や人びとの生活を、市場と行政だけでどう支えるかという課題が、日本でも無縁ではないということである。

韓国の社会連帯経済は、この課題に対する完成した答えではない。危機のなかで生まれた実践を制度化し、別々の政策を束ねようとしている一つの事例である。次回は、社会的企業、協同組合、村企業、地域自活事業が実際に何をしてきたのか、具体的な組織と仕事から見ていく。

主な参照資料

※韓国の法律・政策の原語は「社会連帯経済」。本レポートでは、日本語で国際的に用いられることの多い「社会的連帯経済」を表題と本文の基本用語とした。

ucoの活動をサポートしてください

    【ucoサポートのお願い】
    ucoは、大阪の地域行政の課題やくらしの情報を発信し共有するコミュニティです。住民参加の行政でなく、住民の自治で地域を担い、住民の意思や意見が反映される「進化した自治」による行政とよって、大阪の現状をより良くしたいと願っています。 ucoは合同会社ですが、広告収入を一切受け取らず、特定の支援団体もありません。サポーターとなってucoの活動を支えてください。いただいたご支援は取材活動、情報発信のために大切に使わせていただきます。 またサポーターとしてucoといっしょに進化する自治を実現しませんか。<ucoをサポートしてくださいのページへ>

    シェアする
    タイトルとURLをコピーしました