文化への「投資」は、誰が担うものになったのか

コラム
この記事は約5分で読めます。

「私たちは未来へ何を残すのか」第4回

文化芸術への公的支援は、長い間、行政にとって削減可能な経費と見られてきた。
これに対して政府は2011年、文化芸術への公的支援を、社会的必要性に基づく「戦略的な投資」と捉え直した。
文化を「費用」ではなく「投資」と考える。それは、文化を大切にし、公的支援を強める方向への転換だったように見える。
しかし、その後の文化政策をたどると、「投資」という言葉に込められた意味は少しずつ変わっていく。
文化への投資は、誰が、何のために担うものとされてきたのだろうか。

第1章 公的支援を「投資」と捉え直した2011年

2011年に閣議決定された「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次基本方針)」は、文化芸術には市場だけでは資金を集めることが難しい分野が多く、その発展には公的支援が必要であるとした。
一方、文化芸術は、将来世代へ引き継ぐ価値や教育的な価値を持ち、周辺の事業にも効果を及ぼす。子どもや若者、高齢者、障害者、失業者、在留外国人などに社会参加の機会を開く役割もある。
個人の利益にとどまらず、社会全体に便益をもたらす「公共財」として位置づけられたのである。
そのうえで、基本方針は次のように記している。

従来、社会的費用として捉える向きもあった文化芸術への公的支援に関する考え方を転換し、社会的必要性に基づく戦略的な投資と捉え直す。

出典:文化庁「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次基本方針)」(平成23年2月8日閣議決定)3頁

ここでいう「投資」は、収益を得るために資金を出すという意味ではない。
文化芸術は、市場だけでは維持できない。しかし、教育や社会参加、人と人とのつながり、将来世代への継承など、社会に長期的な価値をもたらす。だからこそ、公が支える必要があるという考え方だった。
基本方針は、文化芸術に短期的な経済効率を一律に求めず、長期的、継続的な視点で施策を進める必要があるとも記している。
この時点で、文化への「投資」を担う主体は、国や地方自治体などの公だった。

第2章 文化に「生み出す役割」が加わった

2015年の第4次基本方針は、「文化芸術資源で未来をつくる」という副題を掲げた。
文化芸術は「人間が人間らしく生きるための糧」であり、共に生きる社会の基盤を形成するという考え方は、ここでも維持されている。市場だけでは文化を支えられず、公的支援が必要だという説明も残された。
一方、文化芸術には、新たな需要や高い付加価値を生み、質の高い経済活動を実現する役割があることも明確に位置づけられた。

地域への愛着、周辺事業への波及、観光や産業との連携、地域活性化、国の文化的な存在感。文化に期待される役割は広がっていった。
文化の本来の価値が否定されたわけではない。その上に、文化を活用し、社会や経済に新たな価値を生み出す役割が加えられたのである。

同時に、厳しい財政事情を踏まえた「支援の重点化」も示された。
文化は社会に必要だから公が支える。ただし、すべてを同じように支えるのではなく、限られた財源を重点的に配分する。支援の重点化と、文化が社会や経済にもたらす効果が、同じ基本方針の中に置かれた。

第3章 文化と経済の「好循環」

2017年、文化芸術振興基本法は文化芸術基本法へ改正された。同じ年、政府は「文化経済戦略」を策定した。

文化政策は、文化芸術そのものの振興にとどまらず、観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業などの政策と連携して進めるものへ広げられた。
文化経済戦略では、国や地方自治体だけでなく、企業や個人による文化への投資を拡大し、寄付を広げる必要性が示された。
その先に描かれたのが、「文化と経済の好循環」である。

文化への投資によって新たな価値が生まれる。その価値が観光や産業、地域の事業へ広がり、収益や経済成長をもたらす。そこで得られた資金が、再び文化の創造や継承へ投資される。
この循環が続けば、公的資金だけに頼らず、文化は持続的に発展できるという考え方である。

ここで「投資」の意味は変わり始める。

2011年には、市場だけでは維持できない文化を公が支えることが「投資」だった。2017年には、文化が価値と収益を生み、その資金を再び文化へ戻すことまでが、「投資」の循環に含まれるようになった。
公の役割も、文化へ継続的に資金を出すことだけではなくなった。企業や個人から投資や寄付を呼び込み、文化が経済的な価値を生み出す環境を整えることへ広がっていく。
「文化と経済の好循環」は、文化に新たな資金が流れ込む可能性を示した。同時に、文化を支える責任が、公から民間や文化の担い手へ移っていく入口にもなった。

第4章 「自律的・持続的な運営」という責務

2018年、文化芸術基本法に基づく最初の「文化芸術推進基本計画」が閣議決定された。
第1期計画は、文化芸術の価値を「本質的価値」と「社会的・経済的価値」に整理し、その多様な価値を文化の継承、発展、創造に「活用・好循環させる」ことを目標に掲げた。
そのためには、文化施設や文化団体にも、経営力、企画力、広報、マーケティングなどの能力が必要になる。計画には、継続的に活動するためのマネジメント力を強化することも盛り込まれた。

2023年の第2期計画では、「好循環」の内容がさらに明確になる。
文化芸術が新たな価値や収益を生み、それが本質的価値の向上のために再投資される。その循環を通じて、社会の持続的な発展に寄与することが期待された。
文化施設や文化団体は、文化を保存し、創造し、伝えるだけではない。自ら価値と収益を生み、民間資金や寄付を呼び込み、その資金を活動へ戻すことを求められるようになった。

公は、そのための経営改善や収入源の多様化を支援する。
「文化を公が持続的に支える」ことから、「文化の担い手が自律的、持続的に運営できるよう公が支援する」ことへ、公的支援の位置づけは変わっていった。
文化への「投資」を担う主体は、どう変わったのか

| 年	政策上の位置づけ		公の役割		文化施設・団体に求められること		重視される価値・成果
| ---- | ----------------- | ------------------- | --------------- | --------------- |
2011		公的支援を「戦略的投資」と捉え直す		市場で維持できない文化を長期的に支える		文化の継承、教育、社会包摂		長期的な社会的便益
2015		文化を成長の源泉と位置づける		支援を重点化する					観光・産業・地域への波及		付加価値、波及効果
2017		文化と経済の好循環			民間投資を促し、環境を整える			価値と収益を生み、再投資する		市場規模、収益、民間資金
2018		多様な価値の活用・好循環			効果的な投資と評価				社会的・経済的価値を生み出す		可視化された成果
2023		自律的・持続的な発展			補助と伴走型支援、成果の評価			経営改善、収入源の多様化		財務、観客、社会的・経済的効果
2011年に「投資」と呼ばれたのは、市場だけでは維持できない文化を、公が長期的に支えることだった。
それが「文化と経済の好循環」を経て、文化施設や文化団体が価値と収益を生み、その資金を再び文化へ投じることへ変わっていった。
「投資」という言葉は残っている。しかし、投資を担う主体は、公から文化の担い手へ移りつつある。
では、その文化が「自律的」「持続的」であるかどうかを、誰が、何によって判断するのだろうか。
主な資料
ucoの活動をサポートしてください。

    【ucoサポートのお願い】
    ucoは、大阪の地域行政の課題やくらしの情報を発信し共有するコミュニティです。住民参加の行政でなく、住民の自治で地域を担い、住民の意思や意見が反映される「進化した自治」による行政とよって、大阪の現状をより良くしたいと願っています。 ucoは合同会社ですが、広告収入を一切受け取らず、特定の支援団体もありません。サポーターとなってucoの活動を支えてください。いただいたご支援は取材活動、情報発信のために大切に使わせていただきます。 またサポーターとしてucoといっしょに進化する自治を実現しませんか。<ucoをサポートしてくださいのページへ>

    シェアする
    タイトルとURLをコピーしました