「統率」という思想

コラム
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なぜ今、強いヒエラルキーが支持されるのか

会社経営のセミナーって、かつては「地獄の3日間研修」から始まり、あやしそうな「マインドコントロール的研修」まで様々なものが大手を振ってきた。
かくゆう私もいろんなセミナーに参加してきたが、今日は最近参加したセミナーからの話。

近年、多くの経営者が「組織の立て直し」を掲げ、ある種の明快なマネジメント理論に惹きつけられている。その理論は、組織の不全の原因を「曖昧さ」に求める。そして解決策として、役割と責任の明確化、上下関係の徹底、感情の排除を提示する。

組織はヒエラルキーで動く。
評価は構造で決まる。
個人の自由裁量は混乱を生む。

こうした主張は、今の時代において一定の説得力を持つ。なぜなら、不確実性が高まり、従来の共同体的な信頼が崩れ、組織の一体感が失われつつあるからである。曖昧な空気で動いていた組織は、空気が読めなくなった瞬間に崩壊する。そこに構造を入れ込むという発想は、ある種の安心を与える。

しかし、この思想の背後には、ひとつの人間観が横たわっている。

人は放っておくと怠ける。
人は感情で判断する。
人は権限を与えすぎると暴走する。

ゆえに、人を動かすのは理念ではなく構造であり、動機ではなく評価制度であり、自由ではなく統率である、という前提である。

この前提が支持される理由は明快である。それは「扱いやすい」からである。

ヒエラルキーは設計できる。
評価制度は数値化できる。
責任は線で引ける。

つまり、管理可能なのである。

一方で、自由、創造性、自律といった概念は管理しにくい。測れない。再現性が低い。成果に結びつくまで時間がかかる。経営者にとって、これは大きなリスクである。特に短期的な成果を求められる環境においてはなおさらである。

だからこそ、強い統率モデルは広がる。

ここで問うべきは、これが「正しいか否か」ではない。この思想が前提とする社会像は何か、ということである。

感情はノイズ、対話はコストで失われるもの

統率モデルが想定する社会は、安定よりも制御を優先する社会である。そこでは、個人は役割を遂行する存在であり、組織は目的達成の機械である。感情はノイズであり、対話はコストである。

確かに、短期的には成果は出るであろう。曖昧さは減る。衝突は減る。評価への不満も減る。だが同時に、あるものも削られていく。

それは「主体性」である。

主体性とは、命令がなくても動く力である。
主体性とは、与えられた枠を越えて考える力である。
主体性とは、自分の行為を自分のものとして引き受ける力である。

統率モデルは、主体性を前提にしない。むしろ、主体性が強すぎることをリスクとみなす傾向がある。なぜなら、主体的な人間は制御しにくいからである。

統率モデルと真逆にある自治・自律

ここで、自治という概念を思い起こす。

自治とは、自ら治めることである。
誰かに治められることではない。
自ら判断し、自ら責任を取ることである。

進化する自治が目指すのは、上下関係の否定ではない。ヒエラルキーの解体でもない。むしろ、構造と主体性の両立である。

自治は無秩序ではない。
自治は放任でもない。
自治は、成熟を前提とする。

つまり、個人が自律していることが前提なのである。

ここに決定的な分岐がある。

統率モデルは、個人の未成熟を前提とする。
自治モデルは、個人の成熟可能性を前提とする。

どちらが正しいかではない。どちらの社会を選ぶかである。

不安が強い社会では、人は統率を求める。
混乱が大きい組織では、人は明確な指示を求める。
責任を負いたくない環境では、人は上下関係に安心する。

しかし、長期的に見れば、主体性を削がれた組織は、環境変化に対応できなくなる。命令がなければ動かない人間で構成された組織は、想定外に弱い。なぜなら、想定外とは命令の外側にあるからである。

想定外との対峙

まちづくり、防災、教育、建築。これらの領域に共通するのは、想定外との対峙である。図面通りにいかない現場、マニュアルにない事態、前例のない災害。そこでは、指示待ちの人間ではなく、自ら判断する人間が必要となる。

進化する自治が問うているのは、組織の形ではない。人間観である。

人は、縛ることで機能するのか。
人は、意味を与えることで機能するのか。

統率の思想は、効率を生む。しかし、成熟は生みにくい。
自治の思想は、時間がかかる。しかし、持続性を生む。

今、強いヒエラルキーが支持されている背景には、不安と疲労がある。経営者もまた、迷いの中にいるのである。だからこそ、明快な答えに飛びつきたくなる。

だが、問いを手放してはならない。

効率のために何を削るのか。
管理のために何を諦めるのか。
統率の先にある社会はどのような景色か。

自治は、理想論ではない。理想を実装する技術である。
自律は、放任ではない。構造の中で育てる力である。

統率か、自治か。
制御か、成熟か。

いま求められているのは、強さではなく深さである。
ヒエラルキーの高さではなく、人間の成熟度である。

組織の未来は、制度ではなく人間観によって決まる。
そして社会の未来もまた、同じ問いの延長線上にある。

2026年に行われている経営セミナーが、
統率によって、制御によって、会社運営をしていくことを是とする
この状況に、暗澹たる気持ちを持ったのは私だけなのだろうか。

<山口 達也>

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