指定管理者「応募ゼロ」が示すものは何か

コラム
この記事は約5分で読めます。

ある意味、今の大阪的な事件

大阪の象徴的な文化施設である大阪府立中之島図書館において、指定管理者の公募に対し応募がゼロであったという事実は、単なる一時的な不調ではなく、制度そのものの構造的な歪みを露呈した出来事である。

大阪市:中之島図書館の指定管理者に応募ゼロ、府「直営」に逆戻りでイベント・市民講座が大幅縮小に…人件費高騰が影響か : 読売新聞

指定管理者制度は、本来、民間の創意工夫を活かし、公共サービスの質を高めつつコストを抑制することを目的として導入された。しかし今回の「応募ゼロ」という結果は、その前提が崩れていることを意味する。民間事業者が参入しない、あるいはできない条件が積み重なっている可能性が高いのである。

まず最も直感的に指摘されるのは「価格の問題」である。すなわち、提示された委託費が低すぎるため、事業として成立しないという問題である。指定管理は表向き「効率化」を掲げるが、実態としては人件費の圧縮に依存する構造を持ちやすい。図書館のように専門性が求められ、かつ安定的な運営が必要な施設において、過度なコスト削減はサービスの質を下げるリスクを伴う。そのリスクを負ってまで参入するメリットが見出せなければ、民間は手を挙げない。

しかし問題はそれだけではない。より本質的なのは「責任と裁量の不均衡」である。指定管理者は運営責任を負う一方で、施設の根幹に関わる意思決定権は行政側に残されている場合が多い。つまり、結果責任は問われるが、自由度は低い。この状態では、民間事業者にとっては「リスクは高いがリターンは限定的」という構図となる。応募ゼロは、この構図が限界に達したことを示している。

さらに、中之島図書館の特殊性も無視できない。歴史的建築物としての保存価値を持ち、単なる図書館機能を超えた文化資産である。その運営には、通常の図書館運営に加え、文化的価値の維持・発信という高度な要求が課される。このような施設を、単純な価格競争で委託すること自体に無理があると言わざるを得ない。

「行政直営に戻す」という選択の意味

応募がない以上、次に浮上するのは「府の職員による直営」という選択である。一見すると合理的な帰結に見えるが、ここにも慎重な検討が必要である。

行政直営には、安定性や公共性の確保という強みがある。短期的な収支に左右されず、文化的価値を長期的に維持できる点は大きな利点である。しかし一方で、柔軟な企画やサービス改善においては、民間に比べて機動力が劣る傾向もある。

つまり、本来問われるべきは「民間か行政か」という二項対立ではない。どのような運営形態であれば、この施設の価値を最大化できるのか、という設計の問題である。今回の応募ゼロは、その設計が機能していなかったことを示しているに過ぎない。

水道事業の入札不調と共通する構造

この問題は図書館に限らない。大阪市においては、水道事業の指定管理・包括委託でも入札不調が発生している。これらは一見別の分野の問題に見えるが、構造は極めて似ている。

すなわち、

  • コスト削減圧力が強すぎる
  • リスク分担が不均衡である
  • 長期的視点よりも短期的効率が優先されている

という三点である。

特に水道のようなインフラ分野では、安定供給と安全性が最優先されるべきである。それにもかかわらず、価格競争に偏重した入札設計は、事業者に過度なリスクを押し付けることになる。その結果、応札者が現れない、あるいは極端に限定されるという事態が起きる。

図書館と水道、一見異なる分野で同様の現象が起きていることは、個別の問題ではなく、行政の発注設計そのものに課題があることを示唆している。

大阪市・深刻な水道管の老朽化問題。事故が起きているのは、耐用年数40年を超過した水道管ばかりでは | 維新ペディア-Ishinpedia

「安さ」を追い続けた先にあるもの

ここで改めて問うべきは、「なぜここまで安さが優先されるのか」という点である。

背景には、財政制約と政治的な説明責任がある。行政は常に「無駄を省け」という圧力に晒されている。その結果、入札においても「より安い方が良い」という単純な評価軸に傾きやすい。

しかし公共サービスにおいて、安さは目的ではなく手段である。過度なコスト削減は、結果としてサービスの劣化や担い手の消失を招く。今回の応募ゼロは、その帰結の一つである。

政治と行政が再設計すべき視点

では、この問題に対して政治や行政はどのように向き合うべきか。

第一に、価格だけでなく「価値」を評価する仕組みへの転換が必要である。図書館であれば、利用者満足度や文化発信力、地域との連携など、定量化しにくい価値をどう評価するかが問われる。

第二に、リスクと責任のバランスを再設計することである。民間に任せるのであれば、それに見合う裁量とインセンティブを与える必要がある。逆にそれができないのであれば、無理に民間化するべきではない。

第三に、「何を民間に任せるのか」という線引きを明確にすることである。すべてを委託するのではなく、コア部分は行政が担い、周辺部分を民間に委ねるといったハイブリッド型の運営も検討すべきである。

「担い手がいない社会」の兆候として

今回の問題を単なる制度の不具合として捉えるのは不十分である。むしろこれは、「担い手がいなくなる社会」の兆候であると見るべきである。

人材は有限であり、条件の悪い仕事からは撤退していく。民間事業者が応募しないという事実は、「その条件では持続可能ではない」という市場からの明確なメッセージである。

それを無視して制度を維持し続ければ、やがて公共サービスそのものが立ち行かなくなる。

中之島図書館の応募ゼロは、単なる一施設の問題ではない。それは、公共サービスをどのように支え、誰が担い、どのように価値を評価するのかという根本的な問いを突きつけている。

安さを追い求めるだけでは、担い手は消える。民間化を進めるだけでは、問題は解決しない。必要なのは、制度の再設計であり、価値の再定義である。

この問題をどう捉えるかによって、大阪の公共のあり方そのものが問われているのである。

<山口 達也>

ucoの活動をサポートしてください。

    【ucoサポートのお願い】
    ucoは、大阪の地域行政の課題やくらしの情報を発信し共有するコミュニティです。住民参加の行政でなく、住民の自治で地域を担い、住民の意思や意見が反映される「進化した自治」による行政とよって、大阪の現状をより良くしたいと願っています。 ucoは合同会社ですが、広告収入を一切受け取らず、特定の支援団体もありません。サポーターとなってucoの活動を支えてください。いただいたご支援は取材活動、情報発信のために大切に使わせていただきます。 またサポーターとしてucoといっしょに進化する自治を実現しませんか。<ucoをサポートしてくださいのページへ>

    シェアする
    タイトルとURLをコピーしました