体育館空調整備PFIが抱える“見えない将来コスト”
前回、大阪市が突然発表した「水道管路更新40年前倒し」方針について、その背景に国の政策転換があったことを見てきた。
唐突な大阪市「水道管路更新40年前倒し」発表のなぜいま?
https://ucosaka.com/column/20260217/
本来は平時から進めるべき基幹インフラの更新が、国の方針や補助制度の変化を契機に一気に動き出す――。そこに、大阪市の意思決定の特徴とも言える構造が垣間見えた。
実は、同じ時期に大阪市では、もう一つの大型事業が進められている。
市立小学校の体育館に空調設備を整備する事業である。猛暑が続く中、体育館への空調整備は教育環境の面だけでなく、防災面からも必要性が高く、整備そのものに異論を唱える市民は多くないだろう。
注目すべきは、その進め方にある。大阪市はこの事業をPFI方式、すなわち民間事業者との長期契約によって実施することを選択した。設計・施工だけでなく、維持管理までを一体化し、短期間で整備を進めるしくみだと説明されている。
確かに、PFI方式には「一括整備が可能になる」「財政負担を平準化できる」といったメリットがあるとされる。実際、今回の事業でも数多くの学校に同時に空調を導入できる点は、大きな利点のように見える。
しかし教育環境の整備という面で言えば、もう一つの課題がある。
大阪市では、小学校の適正配置を進めるという、統廃合の方針を持っている。児童数の減少が続く中、将来的に学校数が変わっていくことは、行政自身が前提としている。
では、将来の学校配置が変わる可能性がある中で、長期間にわたるPFI契約はどのように整合するのだろうか。整備を急ぐことと、将来の柔軟性を確保することは、両立しているのだろうか。
水道管路更新の問題は、「なぜ今動いたのか」という疑問だった。今回の学校体育館エアコン整備は、「いま結ばれる契約が、将来にどのような影響を残すのか」という疑問として表れる。
大阪市が進める体育館空調PFI事業の内容を確認しながら、人口減少時代の公共施設整備と長期契約の関係について考えてみたい。
大阪市が進める体育館空調整備PFI事業の内容
大阪市が進めているのは、市立小学校の体育館に空調設備を整備する事業である。近年の猛暑の常態化を受け、体育授業や学校行事だけでなく、災害時の避難所として利用される体育館の環境改善は全国的な課題となっている。大阪市においても、これまで空調設備が整備されていなかった多数の小学校体育館を対象に、集中的な整備を行う方針が示された。
対象となるのは、およそ250校の市立小学校体育館である。従来であれば、学校ごとに設計・工事を発注し、年度ごとに整備を進めていく方法が一般的だった。しかし大阪市は、今回この事業をPFI(Private Finance Initiative)方式で実施することを選択した。
PFI方式では、公共側が施設整備の仕様や要求水準を示したうえで、民間事業者が設計・施工・資金調達・維持管理などを一体的に担う。大阪市の体育館空調事業でも、設備の設計・設置だけでなく、整備後の維持管理業務までを含めた長期契約として事業者が選定されている。
事業者には、DAIGASグループ関連企業を中心とした事業体が選ばれた。民間側が設備整備を行い、市はサービス提供の対価として、契約期間にわたりサービス購入料を支払うしくみとなる。これにより、初期投資を一度に計上するのではなく、長期間に分散して支出することが可能になるとされている。
大阪市がPFI方式を採用した理由として説明しているのは、主に次の点である。
- 多数の学校を対象とする事業を短期間で一括整備できる
- 設計から維持管理までを一体化することで、設備の品質確保や効率的な運用が期待できる
- 財政負担を平準化し、単年度の支出増加を抑えられる
こうした理由から、大阪市は体育館空調整備をPFI事業として位置づけ、従来方式とは異なる形で事業を進めることを選択した。
しかし、この事業の特徴は「短期間で整備できる」点だけではない。
PFI方式を採用したことにより、設備の維持管理を含む契約関係が長期間にわたって継続することになる。
“減る”ことが前提になっている小学校での整備事業
体育館への空調整備そのものは、教育環境や防災機能の向上という点から見れば、必要性の高い事業である。猛暑が常態化する現在、体育館が空調を備えていない状況は、学校活動だけでなく避難所運営の面でも課題とされてきた。
一方で、大阪市は別の政策も同時に進めている。それが、市立小中学校の適正配置、いわゆる統廃合の取り組みである。
大阪市が公表している「大阪市立小学校・中学校 学校配置の適正化の推進のための指針」では、学校規模の適正水準について、小学校は12学級から24学級までを適正規模とすると定めている。現在、大阪市立小学校280校のうち、単学級の学年を含む11学級以下の学校は104校にのぼり、そのうち将来推計においても今後継続して11学級以下となると見込まれる85校が、適正配置の検討対象校とされている。これらの対象校は市内23区に分布しており、特定地域に限らない市全体の課題として位置づけられている。
下図は大阪市立小学校の校数の推移(大阪市「学校現況調査」による)
ここから読み取れるのは、学校統廃合が将来の抽象的な可能性ではなく、すでに行政計画の中で具体的に想定されている政策課題であるという点である。大阪市の教育行政の方針として、学校施設の配置は固定的なものではなく、人口動態に応じて見直すことを前提としているということだ。
ここで注目すべきなのは、長期15年契約という体育館空調PFI事業との関係である。
PFI方式では、設備の維持管理を含めた契約が長期間にわたって継続する。契約期間中は、設備の運用条件や支払い構造があらかじめ定められ、原則としてその枠組みの中で事業が進められることになる。
しかし学校配置そのものは、将来にわたって固定されているわけではない。統廃合や用途変更が行われた場合、設備の扱いや契約関係はどのように整理されるのか。学校という施設の将来が流動的である一方、契約は長期的に固定されるという構造が生まれることになる。
つまり問題は、体育館空調整備の是非ではなく、将来の不確実性をどのような前提で契約に織り込んでいるのかという点にある。
| 年度 | 小学校数 |
|---|---|
| 2019年度 | 289 |
| 2020年度 | 288 |
| 2021年度 | 286 |
| 2022年度 | 281 |
| 2023年度 | 281 |
| 2024年度 | 282(分校設置による増加) |
| 2025年度 | 282(分校設置による増加) |
「一気に整備できる」ことの背景にあるもの
体育館空調整備PFI事業について、大阪市が繰り返し強調しているのは、「短期間で整備を進められる」という点である。多数の学校に個別に工事を発注する従来方式では、整備完了まで長い年月を要する可能性がある。それに対し、PFI方式では事業者が全体工程を一体的に管理することで、短期間での整備が可能になるとされている。
猛暑への対応や避難所環境の改善を考えれば、迅速な整備には確かに合理性がある。実際、全国の自治体でも学校施設への空調整備は急速に進められている。
その背景には、国の政策的な後押しもある。近年、文部科学省は学校体育館への空調整備を全国的に加速させる方針を示し、工事費の2分の1を補助する支援制度を創設した。避難所機能の強化や猛暑対策を目的として、体育館空調の設置を全国的に進める目標が掲げられており、自治体にとっては整備を進めやすい財政条件が整いつつある。
言い換えれば、「いま整備を進めやすい環境」が制度的に生まれているということである。
コロナ対策の時もそうだが、和歌山県や神戸市が独自予算でコロナ対策を行っている中、大阪府や市はほぼ国の支援による対策しか行わず、全国一の死者を出す結果となった。
夢洲IRやうめきたなどの大型開発には継続的に大きな予算が投じられてきた一方で、水道管更新や学校施設整備といった、市民生活の基盤を支える分野は長年にわたり後回しにされてきた側面がある。国の補助制度が整った途端に事業が加速する状況は、大阪市における事業優先順位のあり方を改めて問い直すものと言える。
市民として、改めて考える必要があるのは、大阪市の考える事業の優先度の問題と、PFI事業に代表される民間との長期契約が、どのような前提のもとで成立しているのかという点である。
これは、第1回で取り上げた水道管路更新の問題とも重なる構図である。水道事業では、国の方針転換と財政措置を契機として更新の前倒しが打ち出された。学校体育館の空調整備もまた、国の制度的支援によって「いま動かしやすい事業」となった側面を持つ。
行政が利用可能な制度や財源の条件の中で事業判断を行うこと自体は自然なことである。しかしそのとき、整備のスピードを優先する判断と、将来の柔軟性をどのように両立させるのかという問いが残る。
人口減少が続く社会では、公共施設のあり方は固定的ではなくなる。学校配置も、防災拠点の役割も、時間とともに変化していく。そのような状況の中で、長期契約によって施設運用の条件をあらかじめ定めることは、どのような意味を持つのだろうか。
整備を急ぐ必要性と、将来の不確実性。この二つの要請の間で、行政はどのような判断を行っているのか。その点こそが、今回の体育館空調PFI事業を考えるうえでの本質的な論点と言える。
問われるのはPFIという手法ではない
ここまで見てきたように、体育館空調整備PFI事業は、猛暑対策や避難所機能の向上という現実的な課題に対応するために選択された事業手法である。短期間で整備を進める必要性を考えれば、PFI方式が合理的な選択肢として検討されたこと自体は理解できる。
重要なのは、PFIという手法そのものを肯定するか否定するかではない。
むしろ問われるべきなのは、人口減少や学校統廃合といった将来の変化を前提とする社会において、長期契約を伴う公共事業をどのような考え方で設計しているのか、という点である。
問題の本質は、個々の事業手法ではなく、都市開発を優先する政策判断と、市民生活を支える基盤整備との間で、行政の時間軸と予算配分のバランスがどのように取られているのかという点にある。
行政が直面している課題は、決して単純ではない。
猛暑への対応は待ったなしであり、避難所環境の改善も急務である。一方で、学校施設の将来像は固定されておらず、地域ごとの人口動態や教育政策によって変化していく可能性がある。
だがこれらは、大阪市が進めている「超開発重視」の施政方針と、大阪市自らが教育行政として小中学校の適正配置という、都市部において極めて短期間で教育環境を圧縮する政策によって生み出された問題であることだ。
第1回で取り上げた水道管路更新が、国の制度変更を契機に突然動き出したように見えたのも、行政が利用可能な制度や財源の条件の中で判断していることの表れだった。今回の体育館空調PFI事業もまた、「いま整備を進めるための仕組み」を選択した結果として理解することができる。
では、なぜ大阪市ではこうしたPFI方式による事業が相次いで採用されているのだろうか。
それは個別事業の判断というより、行政運営の構造そのものと関係している可能性がある。
次回は、水道管路更新と学校体育館空調整備という二つの事例を踏まえながら、大阪市においてPFI事業が拡大してきた背景と、そのメリット・リスクについて、もう少し広い視点から考えてみたい。
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