市民の財産権、教育自治を奪う行政の裏切り-8
2022年4月、大阪市立高校の大阪府への移管に伴い、校地や校舎、体育館、実習施設など約1400億円の財産が大阪府へ無償譲渡された。
この財産譲渡をめぐっては、これまで地方財政法や財産条例、教育行政手続など様々な論点から争われてきた。
しかし現在進行中の損害賠償請求訴訟では、別の角度から重要な問題が提起されている。
「議会は本当にこの財産無償譲渡を議決したと言えるのか」
立命館大学の駒林良則教授は提出した意見書の中で、地方自治法が定める議会統制の観点から、この問題を問い直している。
この問題は、高校移管の是非だけをめぐるものではない。
議会は何を議決したと言えるのか。
そして、公有財産の処分を統制する仕組みは本当に機能しているのか。
大阪市高校財産無償譲渡事件は、地方自治の根幹に関わる問いを投げかけている。
「高校移管」と「財産無償譲渡」は同じなのか
大阪市は2022年4月、移管対象となった高校を大阪府へ移管した。
この移管に伴い、高校敷地や校舎などの財産も大阪府へ無償譲渡された。
差止訴訟で大阪地裁と大阪高裁は、この無償譲渡について、議会の意思はすでに示されているとの考え方を採った。
高校移管に関する条例改正案が議会で審議され、可決されている以上、移管実現のために必要となる財産移転についても、議会の承認があったと考えることができる、という判断である。しかし駒林教授は、この考え方に疑問を投げかける。
教授の意見書が問うているのは、単純に「高校移管に賛成か反対か」ではない。
問われているのは、
「高校移管を議論すること」と
「1400億円超の財産を無償で譲渡することを議決すること」は、
本当に同じと言えるのか、という点である。
たとえば学校統廃合の議論を行うことと、その学校の土地を売却することの議論は本来別のものである。
学校をどう運営するのかという教育政策の問題と、公有財産をどのように処分するのかという財産管理の問題は、性質が異なるからだ。
駒林教授は、地方自治法が公有財産の処分について議会議決を求めている趣旨も、まさにそこにあると指摘する。
つまり政策目的の是非とは別に、公有財産の処分そのものについて議会が審査し、統制することが求められているのではないか、というのである。
なぜ議会議決が必要なのか
地方自治法は、自治体が重要な財産を処分する際、議会の議決を求めている。
なぜか。
それは、公有財産が市長や行政部局だけのものではないからだ。
学校や公園、庁舎、道路などの財産は、長年にわたって市民が築いてきた共有財産である。
そのため、重要な財産を処分する場合には、首長の判断だけではなく、住民を代表する議会による審査と承認が必要とされている。
駒林教授は、この制度の趣旨に着目する。
もし議会議決が単なる形式的な手続に過ぎないのであれば、公有財産の処分について特別に議決を求める意味はない。
議決制度の本来の役割※1は、
「どの財産を」
「なぜ処分するのか」
「なぜ無償なのか」
について議会が検討し、住民に代わって判断することにある。
そう考えると、高校移管について議論したことと、財産無償譲渡について議論したことは、
同じではないという見方も成り立つ。
※1【論点を確認する:議会議決制度の意味】
本件は、無償譲渡といういわば適正ではない価格である場合であり、それゆえ地方自治法96条1項6号及び237条の議決の問題であるため、地方自治法96条1項8号の場合よりも、より慎重に審議されねばならないはずである。
(甲第50号証 立命館大学法学部特任教授 駒林良則氏の意見書より)
編集部注
駒林教授は、無償譲渡である以上、通常の財産処分以上に慎重な議会審査が求められると指摘している。
駒林教授が問題視する「審議の実態」
駒林教授の意見書が重視しているのは、議案の名称や形式ではない。
議会で実際に何が審議されたのか、という点である。
大阪地裁と大阪高裁は、高校移管に関する条例改正案が議会で審議されていることなどから、財産無償譲渡についても議会の意思は示されていたと判断した。
しかし駒林教授は、ここで別の問いを投げかける。
議会で議論されていたのは何だったのか。
高校移管の必要性や大阪府への一元化の是非については議論されていた。
一方で、「どの財産を」「なぜ無償で譲渡するのか」「無償譲渡以外の選択肢はなかったのか」といった点について、議会は住民に代わって十分な検討を行ったと言えるのだろうか。
駒林教授は、この点に着目する。
議会議決の意味は、単に賛否の意思表示を行うことではない。
議会が必要な情報を得て審査し、その判断を住民に代わって行うことにある。
そうであるならば、議決があったかどうかを考える際にも、単に議案が可決されたという形式だけではなく、実際にどのような審議が行われたのかを確認する必要がある。
駒林教授の意見書は、その観点から大阪市会での審議内容※2を問い直している。
※2【論点を確認する:審議の実態】
平成30年最判は、『審議の実態』に即して地方自治法96条1項6号及び237条2項の議決があったと見倣すことができるかどうかで判断すべきとしている。『審議の実態』とは、言い換えれば、議会において、譲渡等を行う必要性と妥当性が、実質的に審議されていることを要請しているものと解さねばならない。
(甲第50号証 立命館大学法学部特任教授 駒林良則氏の意見書より)
編集部注
駒林教授は、議決の有無は議案名や形式ではなく、実際に何が審議されたのかという「審議の実態」で判断すべきだと指摘している。
「1400億円」という総額だけでよいのか
第一審判決は、移管対象財産の価格について「約1409億円」と総額を示し、対象財産の内容や価格は特定されていたとしている。
しかし駒林教授は、この見方に疑問を呈する。
高校という財産であっても、それぞれの高校には異なる条件や事情がある。
土地の形状や立地、周辺環境、行政上の制約などによって、その価値や評価は変わり得る。だからこそ、一括してではなく、一校ずつ財産状況を吟味する必要があったのではないか。※3
駒林教授は意見書の中で、「対象高校を全体として審議するだけでは足らず、一校ずつその財産状況を吟味して無償譲渡に適するかどうかが審議されなければならない」※4と指摘している。議会は本当に1400億円超の財産無償譲渡を議決したと言えるのか。
この問いかけは、高校移管の是非だけではなく、議会が住民に代わって判断するという地方自治の仕組みそのものに向けられている。
※3【論点を確認する:個別財産の審査】
移管対象各高校の財産面における個別の検討がなされていたならば、個別の財産面で問題点が明らかになったり、公有財産台帳上の価格と実勢価格との乖離が大きいときには一部有償での譲渡の可能性も議論されるのであって、一括して無償譲渡することにならないことも想定された。
(甲第50号証 立命館大学法学部特任教授 駒林良則氏の意見書より)
編集部注
駒林教授は、移管対象となった各高校を一括して扱うのではなく、各高校ごとの財産状況を検討することで別の結論が導かれた可能性もあったと指摘している。
※4【論点を確認する:対象高校を全体として審議するだけでは足らず】
「対象高校を全体として審議するだけでは足らず、一校ずつその財産状況を吟味して無償譲渡に適するかどうかが審議されなければならない」
<編集部の読み解き>
「対象高校を全体として審議するだけでは足らず」
ここには、政策目的だけで判断してはならないという問題提起がある。高校移管という目的があったとしても、それだけで財産処分の妥当性まで判断したことにはならない。
「一校ずつその財産状況を吟味して」
ここには議会統制の意味がある。議会は住民に代わって具体的な内容を検討し、判断する場だからである。
「無償譲渡に適するかどうか」
ここには地方自治法96条が求める財産処分の審査という考え方がある。移管の是非ではなく、無償譲渡そのものの妥当性が問われている。
「審議されなければならない」
ここには平成30年最高裁判決が示した「審議の実態」という考え方がある。議決の有無は形式ではなく、実際に何が議論されたかによって判断されるという視点である。
対象高校を全体として審議するだけでは足らず
→ 政策目的だけでは財産処分の妥当性は判断できない。
一校ずつその財産状況を吟味して
→ 議会は住民に代わって具体的内容を審査する場である。
無償譲渡に適するかどうか
→ 問われるのは移管ではなく無償譲渡の妥当性である。
審議されなければならない
→ 重要なのは議決の形式ではなく審議の実態である。
おわりに
駒林教授は、「対象高校を全体として審議するだけでは足らず」と指摘した。
この問いは、高校移管の是非だけに向けられたものではない。
1400億円超の公有財産を無償で譲渡するとき、議会は何を審査し、何を議決したと言えるのか。
現在進行中の損害賠償請求訴訟は、公有財産の処分を統制する仕組みが本当に機能していたのかを問い直している。
駒林教授の意見書が問うているのは、高校移管の是非そのものではない。
問われているのは、議会が何を議決したと言えるのかという点である。
高校移管という政策目的について議論することと、1400億円超の財産を無償で譲渡することを承認することは、本当に同じなのだろうか。
もし議会が住民に代わって判断する場であるならば、その役割はどのように果たされるべきなのか。
現在進行中の損害賠償請求訴訟は、単に過去の高校移管を検証する裁判だけではない。
それは、公有財産を処分するときの議会統制とは何かを問い直す裁判でもある。
<次回予告>
なぜ行政は「高校移管の議決があれば十分だ」と考えたのか。
なぜ裁判所はその考え方を採用したのか。
そこから見えてくるのは、政策目的と手続、そして自治体が自らを統制する仕組みの問題である。
高校財産無償譲渡 損害賠償請求訴訟第一審が判決の予定
高校財産無償譲渡事件の損害賠償請求訴訟の第一審の判決が次回期日で行われる予定。
次回期日
大阪地方裁判所 第806号法廷
2026年7月16日(木曜日) 13時10分開廷
関心のある方は、ぜひ傍聴ください。
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