「住民投票の範囲」を変える——副首都構想という名の昭和31年再演

進化する自治 vision50
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2026年4月 / 大阪の自治を考える

2026年4月、大阪府・市をめぐる大都市制度論議が、またひとつ新たな局面を迎えた。日本維新の会代表の吉村洋文大阪府知事は、自民党との連立政権で共同作業を進める「副首都法案」の骨子が固まったことを受け、「府の名称を大阪都に変更する場合は、住民投票の対象を大阪府全域にできる」と公言した。二度にわたり大阪市民に否決された大阪都構想——すなわち大阪市廃止・特別区設置——を、三度目にして初めて「府民投票」という形式で問おうとする動きである。

この発想が、単なる政策論として許容されるものかどうか。歴史の鏡に照らしたとき、その問題の輪郭はよりはっきり浮かび上がる。

二度の否決——数字が語る民意

まず事実の確認から始めよう。大阪都構想の是非を問う住民投票は、これまで二度実施されている。

二度とも「僅差」とはいえ、民意は反対を選んだ。しかも差は1回目より2回目のほうが拡大している。投票率はいずれも60〜70%台を維持しており、無関心による結果ではない。加えて、都構想推進側が主張した財政効果についても、純粋な二重行政廃止による削減効果は「約4000万円」に過ぎず、初期コストの約600〜680億円、毎年のランニングコスト約15〜20億円に遠く及ばないという試算が、反対陣営の研究者らから出ている。

二度の否決は、いずれも「大阪市民」だけを選挙人団として実施された。これが現行の「大都市地域における特別区の設置に関する法律(大都市法)」の要件であり、当然の設計でもある。なぜなら、廃止されるのは大阪市であり、影響を直接受けるのは大阪市民だからである。

昭和31年——「住民投票の範囲」を変えた前例

ここで歴史の教訓を参照する必要がある。政令指定都市制度は昭和31年(1956年)9月1日に施行され、横浜・大阪・京都・神戸・名古屋の五大都市が同日移行した。だが、この制度は突然生まれたわけではなく、長い政治的対立の末の「妥協の産物」であった。

昭和22年(1947年)制定の地方自治法には「特別市」規定が存在した。これは五大都市を道府県から独立させる構想であり、大阪市はこれを目指す「特別市運動」を積極的に展開していた。大都市側の論理は明快だった——「道府県からの二重監督を排し、自立した大都市行政を実現する」というものである。

これに対し、道府県側——とりわけ全国知事連(現・全国知事会)——は強く反発した。大都市が独立すれば、残る地域の財政基盤と行政能力が空洞化する、と。対立の核心は「住民投票の選挙人団を誰にするか」だった。大都市住民だけで問えば賛成が多数を占め、道府県民全体で問えば反対が多数になる——利害構造がそのまま票の向きを規定する問題だったからである。

この対立は決着がつかず、最終的には「住民投票を実施しなくて済む形式」として「法律」ではなく「政令」による移行という手法が採られた。憲法第95条(特定の地方公共団体のみに適用される特別法は住民投票を要する)の適用を回避するための立法技術的な解決策であった。その結果、特別市運動は実質的に廃案となり、府県への帰属を維持しながら権限委譲を受けるという「政令指定都市制度」が誕生した。

つまり昭和31年の教訓とは、「誰に問うかで結論が変わる」という問題から逃げるために、住民投票そのものを回避した、という歴史である。

「府域全体で問う」——構造的な問題

吉村知事の発言は、この歴史を正確に踏まえた上での戦略と見るべきかもしれない。大阪市民だけに問えば二度とも否決された。ならば問う相手を変えよう——府域全体の約880万人を選挙人団とすれば、大阪市の約270万人が「溺れる」可能性がある。

吉村氏自身はこう述べている。「副首都は府域全体にかかわることで、権限や責任も大きく変わる。そのため住民投票の範囲が大阪府域全域であることは筋が通っていると思う」。

しかし、この論理には根本的な倒錯がある。廃止される自治体の住民にではなく、廃止によって利益を得る周辺住民を含めて問うことが「民主主義的」だという主張は、かつて全国知事連が特別市運動つぶしに使ったのと同じ論法の鏡写しにほかならない。昭和31年に大都市が被った「選挙人団の拡大」という手口を、今度は道府県側である大阪府が大阪市に対して用いようとしているのである。

維新の創設者でもある橋下徹氏、そして松井一郎元大阪市長も、この点を明確に批判している。

「政令市を特別区に作り替えると言っているのは大阪だけだ。それをマストの条件にしたら、大阪都構想のための副首都構想だと見られるのは当然だ」(松井一郎氏、SNSにて)

「吉村さんは副首都になるためには特別区が条件と大阪市民に住民投票で働きかけるつもりだが、この強引な手法はかえって反発される」(同)

党の創設者・前代表が「強引」と表現するほどの手法が用いられようとしているという事実は、重く受け止めるべきである。

「副首都要件=特別区設置」の恣意性

今回の副首都法案の骨子には、副首都指定の要件として「当該道府県の区域内において大都市法による特別区の設置が行われていること」という文言が盛り込まれている。副首都という国家戦略的な概念に、なぜ「大阪市廃止」という一地域の制度改革が必須条件として紐付けられるのか。

大阪府議会の内部からも「副首都になるには、なぜ特別区を設置する必要があるのか。ここをかなりしっかり説明しないと、恣意的な議論になってしまう」との懸念が示されている。「副首都構想」という国家的文脈の看板を借りて、二度の住民投票で否決された政策を通そうとする——この構図は、共産党大阪市議が端的に指摘するように「副首都を本気でやりたいとは思わない。都構想を掲げ直せる口実作りのように感じる」との見方と重なる。

現状の政治地図(2026年4月時点)

注目すべきは、2026年2月に行われた出直し知事・市長選の結果だ。吉村・横山両氏は再選したものの、他の主要政党はほぼ候補擁立を見送り、知事選では白票を含む無効票が約41万票にのぼった。「都構想への再挑戦の信を問う」と位置づけた選挙でこれだけの無効票が出るということは、有権者のかなりの部分が「その問い方自体に応じたくない」というメッセージを示したとも読める。

問われるべき問いは何か

大阪府と大阪市のあいだに二重行政の問題があることは否定できない。それを解消するための議論は必要であり、維新がこの課題を大阪政治の中心に据えてきたことの功績はある。しかし、課題の存在と、その解決策としての「大阪市廃止・特別区設置」の是非は、別の問いである。

大阪市民は2015年と2020年の二度、「この解決策は受け入れない」と答えた。それを「問う相手を変える」ことで覆そうとするならば、民主主義の手続きをその精神において否定することになる。昭和31年の教訓は、この種の「選挙人団操作」が過去にも政治的手段として使われてきたことを示している——そして当時の解決は「住民投票をやめる」という回避だった。今の吉村氏がやろうとしているのは、回避ではなく積極的な拡大である。

副首都構想が東京一極集中の是正という国民的課題に応えるものであれば、それは大阪市廃止を条件とせずとも追求できるはずである。「大阪都」という看板のために「大阪市」という看板を下ろすことを、170万人の直接の当事者ではなく880万人で決めさせるという発想——その構造的な問題を、府域外の市民も含めて問い直す必要がある。

歴史は繰り返すという。しかし同じ失敗を繰り返すために70年を費やした末、今度は「問う相手を変えれば通る」という発想に至るとすれば、それは政策の熟度として、いかがなものだろうか。

大都市住民のみで問うか道府県民全体で問うかは、投票結果を左右する決定的な問題であり、それが昭和30年代の「政令指定都市」制度成立の背景にも表れている。 この歴史的事実こそが、今回の「府域全体住民投票」論が新しい装いをまとった旧い政治手法であることを証明している。

<山口 達也>

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