伝建地区は誰の時間を守っている?

進化する自治 vision50
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日曜日の町並みで感じた、説明しづらい違和感

先日、とある伝統的建造物群保存地区(以下、伝建地区と省略)を歩いた。
伝建地区とは、「古い木造の家や石垣、狭い路地などの景観を次の世代へ伝えることを目的としており、保存地区内では、商店街や住宅の外観が保護され、建物の改修には規制が加わる。これにより、昔の暮らし方や技術を学ぶことができるようにしている地区」だ。

建物は美しく、修理も行き届き、展示や解説も丁寧だった。
「これはちゃんと守られてきた場所だ」と、頭では理解できる。

けれど、心はなぜか落ち着かなかった。

日曜日にもかかわらず、開いている店舗は少なく、
人の流れもまばらで、通りに立つと音が吸い込まれていくようだった。

荒れているわけではない。いや、むしろ、整いすぎている。

その「整いすぎた静けさ」に違和感を感じた。

伝建地区は、成功しているはずの制度である

誤解のないように言っておきたい。
伝統的建造物群保存地区制度は、
日本のまちづくりの中でも、かなり「成功した制度」だと思う。

無秩序な開発から町並みを守り、補助制度や専門家の関与によって、
個人では維持できないレベルの保存を可能にしてきた。

もしこの制度がなければ、
今見られる町並みの多くは、すでに失われていただろう。

だから「伝建地区はダメだ」という話ではない。

むしろ、
ここまでうまくいった制度だからこそ、見えてくる次の問いを感じたのだと思う。

保存されているのは「空間」。では「時間」は?

この場所で保存されているのは、建物であり、景観であり、空間である。

でも、時間はどうだろうか。

今、この場所で生きている人の時間。
日常のリズム。仕事と生活と余白が混ざり合う、あの感じ。

それらは、保存の対象になってはいない。

展示としての「昔の暮らし」は見える。けれど、「今の暮らし」は視界に入りにくい。

町が博物館化する、という言葉がある。
今日感じたのは、その一歩手前の、もっと曖昧な状態だった。

観光か、生活か、という問いの限界

伝建地区では、よく出てくる問いがある。

「観光地として割り切るべきなのか」VS「住民の生活を優先すべきなのか」

でも、この二択は、実はあまり生産的ではない。

観光と生活は、対立概念ではないからだ。

問題は、関わり方の選択肢が極端に少ないことにある。

  • 観光客として、短時間だけ消費する
  • 住民として、責任を背負って住み続ける

その間にあるはずの、
「ちょっと関わる」「たまに混ざる」「部分的に担う」
そうしたグラデーションは、この法制度には設計されていない。

制度が守ってきたもの、こぼれ落ちたもの

伝建地区の制度は「変えないこと」をとても大切にしてきた。

それは、正しい。
乱暴な更新から町並みを守るためには、強いブレーキが必要だった。

でも、そのブレーキは、
人の関わり方の更新まで止めてしまった側面があるとも言える。

新しく何かを始めたい人。外から関わりたい人。
住んでいないけれど、継続的に関係を持ちたい人。

そうした存在が入り込む余白は、この制度には盛り込まれていない。

進化する自治は、「正解」を持ち込まない

進化する自治の視点で見ると、
必要なのは、完璧な再生計画ではない。

むしろ、

  • 少しだけ使われ方が変わる
  • 少しだけ関係者が増える
  • 少しだけ時間の流れが今に近づく

そうした、小さな変化を許容すること。

たとえば、

  • 週に一度だけ開く場所
  • 期間限定で関われる仕組み
  • 住んでいなくても、役割を持てる関係

それらは派手ではないが、
町に「現在形の時間」を戻してくれる。

保存とは、過去を固定することではない

保存とは、単に過去をそのまま残すことではない。

過去を、今と未来の中で使い直し続けることだと思う。

もし伝建地区が、「完成した風景」ではなく、
「編集中の風景」として扱われたら。

そこには、もう少し人の気配が戻るかもしれない。

町並みを歩いたあとで

歩き終えたあと、
町並みそのものへの敬意は、むしろ強くなった。
だからこそ思う。
この場所に足りないのは、賑わいではない。観光客でもない。

関わり続けてもいい、と思える余白だ。

静かな町並みは、問いを投げかけてくる。

この風景を、「完成品」として眺めるのか。
それとも、「未完のまま引き受ける」のか。

あなたなら、どう関わるだろうか。

<山口 達也>

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