石巻「巻組」の空き家へのしくみ化

空家対策を含む住宅問題進化する自治 vision50
この記事は約6分で読めます。

これまで大阪市の空き家の取り組みを考えてきたが、今回は、講演会で出会った「巻組」についてレポートする。

株式会社巻組 代表取締役 渡邊享子氏 講演


空き家問題に取り組む自治体や民間組織を多く見てきたが、石巻市の「巻組」はそのいずれとも異なる次元で活動している組織であった。
表面的には“古民家再生”や“まちづくりプレイヤー支援”と捉えられがちだが、巻組の本質はそこではない。
彼らは空き家を単なるストックとして扱うのではなく、地域の変化を生成する“媒介装置”として扱い、その装置を継続的に運用するためのシステムを構築している点にこそ独自性がある。

巻組ホームページから引用

本稿では、その巻組が実装しているシステムの特性と、他地域への示唆について記述する。

「直す」ではなく「使われ方を設計」という根本思想

巻組の最も明確な特徴は、空き家活用の主軸を建物の修繕ではなく利用プロセスの設計に置いている点である。

多くの空き家事業は、行政補助金を活用しながら建物の物理的改修に重点を置く。
しかし巻組は「過剰に手を加えない」という判断を一貫して行う。
この判断は、単に節約のためではなく、建物を“余白のある状態”に維持することで、住まい手の活動が最大化されるという思想から来ている。

古さの残存は、巻組にとって欠点ではなく、利用者の創造性を刺激する資源である。
つまり巻組がつくっているのは“綺麗な空間”ではなく、“使い込む過程を許容する場”である。そしてこの発想こそ、後述するシステムの根幹をなす。

住み手の行動への対応「余白設計」のシステム化

巻組の空き家には「未完のまま貸す」という特徴がある。
これは単なる放置ではなく、利用者が自ら用途をつくり、更新し続けるための設計思想である。

この仕組みを支えるのが、巻組が構築している“行動支援システム”である。

(1) 利用者の妄想を引き出すヒアリング

巻組は入居希望者に対し、契約前の段階から丁寧な対話を行う。
「どのように暮らしたいのか」「何をここで実現したいのか」という核心部分を抽出し、それを物件の状態に重ね合わせて評価する。

(2) 行動を阻害しないDIY可の設計

軽微な改修は入居者に任せることで、建物の価値を上げる主体を住み手側に移す。
さらに巻組は地域の職人やDIY経験者と緩やかにつないでおり、“自力でできることを増やす”学習の仕組みまで内包している。

(3) 利用者同士の横のつながり

巻組の空き家を借りることは、単なる賃貸契約に留まらない。
入居者同士の情報交換が自然発生する導線が設計されており、これが「小商い」「地域活動」「移住定着」などの二次効果を生む。

この一連の仕組みは、いわば“利用者が自分の暮らしを設計し直すためのシステム”であり、巻組はその運用者という位置づけである。

「建物」ではなく「関係の回路」の設計

巻組が運用しているのは、不動産業のようでいて、実は都市型コミュニティの循環システムに近い。

空き家事業の多くは、物件の改修と貸し出しで完結する。
しかし巻組は、物件が使われ始めた後に生まれる“人の流れ”に最も価値を置いている。

(1) 地域住民との自然な関与

物件を媒介に、地域住民・移住者・新規事業者がゆるやかにつながる。
この接点づくりこそ巻組の重要な成果である。

(2) 地域内ネットワークの機能化

巻組は職人、若手経営者、アーティスト、学生などを一つの緩いネットワークにまとめている。
入居者が困った際に、このネットワークが“支援回路”として働く。
これは制度ではなく運用知によって成立するシステムであり、簡単には模倣されない。

(3) 単なる再生ではなく「関係の更新装置」

空き家を更新するとき、巻組は建物だけでなく人間関係の回路まで更新している。
この“関係の更新”こそが他地域にはほとんど存在しない要素である。

空き家=「地域の余白資源」と定義しなおす構想力

巻組は空き家を不良資産として扱わず、地域の“余白”として再定義している
空き家を余白と捉えると、そこには次の価値が発生する。

・移住者の試行期間の受け皿
・小商いの初期チャレンジの場
・地域住民の副業的活動の拠点
・Z世代が「自分の場」を持つ入口
・地域に外部人材がコミットする足がかり

これらは一軒の空き家が持つ機能ではなく、複数軒の空き家を束ねて初めて成立する“地域インフラ”である。

巻組は意図的に物件数を増やすのではなく、「余白の質」を担保することでこのインフラを形成している。

「事業モデル」ではなく「地域システム」としての巻組

巻組を単なる成功事例として模倣しようとすると、多くの自治体で挫折する。
なぜなら巻組の中核は**“仕組みの運用”であり、建物の改修やイベント開催といった外形的要素は結果にすぎない**からである。

巻組のシステムを分解すると、次の5つの要素から成る。

(1) 物件の選定基準

・立地よりも「使われ方の可能性」を重視
・未改修物件にも積極的にアクセス

(2) 利用者の抽出プロセス

・“何を実現したいか”を中心にヒアリング
・利用者の潜在的活動力を評価

(3) 地域ネットワークの構築・更新

・職人、クリエイター、若手経営者との緩い連携
・物件ごとに異なるネットワークを構築

(4) DIY・共用部のガイドライン

・「壊しても取り返せる範囲」の明確化
・リスクを最小化する運用ルールの設計

(5) 活動の蓄積を地域の知としてストック

・入居者の活動記録をノウハウとして蓄積
・技術・関係資源が循環する「地域内知識プール」の形成

特に⑤は極めて重要である。
巻組は事業を“点”として行うのではなく、蓄積可能な地域知としてシステム化し続けている
その結果、石巻市内では巻組の物件が一つの“学習装置”として機能している。

再現性の本質は「柔らかい構造」を維持すること

巻組の取り組みを外から見ると柔らかい活動に見えるかもしれない。しかし実態は、極めて構造的・体系的に運用されているシステムである。

・物件を“固定しない”ことで、利用者の自由度を維持する
・地域ネットワークを“流動性の高い組織”として扱う
・入居者の活動を“地域知”として蓄積する
・余白のある空き家を複数束ねることで“変化のエンジン”とする

これらはすべて、構造として設計された運用手順といえる。

巻組は、仕組みの硬さと余白の柔らかさのバランスを高次で取りながら、地域の変化生成を継続している。
このバランス感覚こそが、他地域の空き家政策には決定的に欠けている要素である。

“点の事業”ではなく“地域システム”として

石巻市の巻組は、一般的な「空き家再生」事例として扱うべきではない。
彼らがつくっているのは、
「建物・人間関係・地域ネットワーク・知識資源を束ねて運用する“再現可能な地域システム”」なのである。

そのシステムは、
単なる建物の利活用ではなく、
地域に新しい人の流れを生み、
移住・小商い・副業・地元プレイヤーの育成まで包含する。

つまり巻組は“空き家を介して地域の未来を更新する装置”を設計・運用している。

空き家問題が全国的に深刻化する中、
巻組の取り組みは「制度」や「補助金」では生まれない、
地域の自律性を高めるシステム設計の実例として極めて価値が高い。

そして何より、示しているのは次の一点である。

空き家は「再生される対象」ではなく、「変化を生む主体」になり得る。

この視点を持つかどうかで、地域の未来の形は大きく変わる。
そのことを、巻組は静かに、しかし確かに示し続けている。

大阪市内に住む私たちにとって、次の10年をどう考えるのか、空き家とまちづくりをどう地域の中で活かせばよいのか、大きな宿題となった。

<山口 達也>

ucoの活動をサポートしてください

    【ucoサポートのお願い】
    ucoは、大阪の地域行政の課題やくらしの情報を発信し共有するコミュニティです。住民参加の行政でなく、住民の自治で地域を担い、住民の意思や意見が反映される「進化した自治」による行政とよって、大阪の現状をより良くしたいと願っています。 ucoは合同会社ですが、広告収入を一切受け取らず、特定の支援団体もありません。サポーターとなってucoの活動を支えてください。いただいたご支援は取材活動、情報発信のために大切に使わせていただきます。 またサポーターとしてucoといっしょに進化する自治を実現しませんか。<ucoをサポートしてくださいのページへ>

    シェアする
    タイトルとURLをコピーしました