昨日7月8日、参議院の特別委員会で個人情報保護法改正案が可決され、本会議での成立が目前となった。政府は今回の改正について、「AI時代に対応するための制度整備」であり、データ活用と個人情報保護を両立させるための見直しだと説明している。
https://www.asahi.com/articles/ASV781H7KV78ULFA01LM.html?ref=tw_asahi個人情報保護法の改正案 参院の特別委員会で可決 近く成立へ [高市早苗首相]:朝日新聞
一方で、この改正をめぐっては、「AI開発のために個人情報保護が後退するのではないか」という懸念の声も広がっている。
この問題は、単なる技術論ではない。
AIを推進するか否かという議論でもない。
私たち一人ひとりが持つ個人情報を、誰が、どこまで利用できるのかという、市民の自己決定権に関わる問題である。
AI開発を優先する制度変更
今回の改正で大きな焦点となっているのは、AIの開発や統計分析など公益性が認められる一定の目的については、本人の同意がなくても個人情報を利用・提供できる範囲が広がることである。
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20260707003163.html?iref=pc_photo_gallery_next_arrow「もっと反対していれば」 個人情報保護法改正案に主婦連会長の後悔 [AIの時代]:朝日新聞より引用
特に議論となっているのが、「要配慮個人情報」と呼ばれる情報である。
これは、
- 病歴
- 心身の障害
- 健康診断結果
- 犯罪被害歴
- 人種や信条など
本人が不利益を受ける可能性が高いため、通常は厳しく保護されている情報である。政府は、AI開発を国際競争力の強化につなげるため、こうしたデータを一定条件の下で活用できるよう制度を見直すとしている。
同時に、不適切利用や漏えいを防ぐため、違反事業者への課徴金制度も創設される。つまり政府は、「利用は広げる。しかし違反には厳しく対応する」という考え方を示している。
しかし同朝日新聞で主婦連の河村真紀子会長は 「本人同意の原則は、自分の情報が誰にどう使われるのかを把握し、関与できるようにするための消費者の大切な武器の一つです。それを後退させる提案に不安を感じました。
今年4月に出てきた法案を見て、問題はさらに深刻だと気付きました。条文上は、要配慮個人情報(病歴や犯歴、信条などの機微な情報)までが個人名を削除せずに第三者に提供することが可能になっています。もっと強く反対すべきだったと悔やんでいます」とインタビューで答えている。
技術は急速に進歩し、制度は後から追いかける
AI技術は、この数年で驚くほど進歩した。
画像認識や文章生成だけではない。複数のデータベースを照合し、別々の情報から一人の人物を推定する「名寄せ」の精度も高まり続けている。法律では匿名加工や仮名加工など様々な保護措置が設けられている。
しかし専門家からは、「匿名化したとしても、他の公開情報と組み合わせれば個人を再識別できる可能性はゼロではない」と指摘されている。医療情報は特にその傾向が強い。病気の経過を長期間追跡すること自体が医療データの価値だからである。
時間軸を維持したままデータを利用しようとすると、完全に切り離された匿名情報だけでは十分な分析ができない場面もある。だからこそ、制度設計には極めて慎重さが求められる。
「事故が起きた後」の対策だけで十分なのか
今回の法改正では課徴金制度が大きく報じられている。確かに企業への抑止力として一定の効果は期待できるだろう。しかし、ここで考えたいのは別の視点である。課徴金は事故が起きた後の制度である。一度流出した医療情報は回収できない。
削除を求めても、コピーや二次利用を完全に止めることは極めて困難である。しかも医療情報はクレジットカード番号のように変更できるものではない。
病歴や障害歴、遺伝情報は、一生変えることのできない情報である。だからこそ、漏えいした後の罰則だけではなく、「そもそも漏えいしにくい制度なのか」という予防の視点が重要になる。
AI競争は本当に「待ったなし」なのか
政府はAI分野で海外との競争に遅れないため、データ活用を促進する必要があると説明する。確かにAIは経済、安全保障、医療など幅広い分野で国家の競争力を左右する技術になりつつある。
しかし、ここで忘れてはならないことがある。
日本の個人情報保護制度は、長年にわたり「本人同意」を基本原則として積み重ねられてきた。それは行政や企業よりも、市民の権利を優先するという考え方である。もしAI競争を理由に、その原則を少しずつ緩めていくのであれば、その必要性と範囲、そして将来にわたる影響について、国民に十分な説明が求められる。「AI開発に必要だから」という理由だけで、市民が納得したことにはならない。
制度への信頼は、丁寧な説明と社会的合意の上に成り立つものである。
この法改正が意味すること
この法改正については、「AI推進派」と「反AI派」という単純な対立で捉えるべきではない。AIそのものは社会に大きな恩恵をもたらす可能性を持つ。
医療の診断精度向上、新薬開発、介護支援など、その恩恵は計り知れない。
だからこそ重要なのは、技術の発展と市民の権利をどう両立させるかという視点である。UCOが問い続けたいのは、
「市民が自らの情報をどこまでコントロールできる社会なのか」
という点である。
個人情報は企業や行政の資源ではない。
その主体は、あくまで市民一人ひとりである。
制度変更によって市民の自己決定権が後退するのであれば、その変更は慎重に検証されなければならない。AI開発は未来への投資である。
しかし、その未来が市民の信頼の上に築かれるものでなければ、技術だけが先行し、社会との溝は広がっていく。便利さと人権は、どちらか一方を選ぶものではない。両立させる努力こそが、これからの社会に求められているのではないだろうか。
最も気になるのは、現政権があまりに強権だからだ。様々な法案が、慎重な議論のしないまま一気に進んでいく。まるでナオミ・クラインのショック・ドクトリン「惨事便乗型資本主義」のようになんらかの惨事があり、そのどさくさでこれまでやりたくてもできなかったことが雨後の筍のように湧いてきているような勢いだ。
https://sl.bing.net/bcCDhJyry0W
もう現政権は暴走しているといっても過言ではない。この状況で、非常に重要な法案が決められていくことに狂気と恐怖さえ感じる。
それだけに、この個人情報保護法改正は恐ろしい。
次回は海外との比較を取り上げたい。
<山口 達也>

