「議会の議決があった」という一審判決の不可解
現在、大阪地方裁判所で行われている市立高校の財産無償譲渡に対する損害賠償を求める住民訴訟。
まず、改めて訴訟内容を記しておきたい。
大阪市は、2021年12月に市が運営していた高等学校全22校を2022年4月をもって廃止し大阪府に移管することを決定した。そして、大阪市の財産条例16条をもって、全校の土地建物・備品等の財産も大阪府に無償譲渡するとした。その財産価値は、大阪市の公有財産台帳で1500億円、市場価格では約3000億円以上に上るという試算もある。
この大阪市の決定を知った市立高校の卒業生ら5名が、市の財産無償譲渡は違法ではないかと、大阪府ヘの無償譲渡を差し止めを求める住民訴訟を提起した。
大阪市財産条例第16条
(譲与)
第16条 普通財産は、公用又は公共用に供するため特に無償とする必要がある場合に限り、国又は公法人にこれを譲与することができる。
前回のレポートの通り、1審の判決では、「差し止めは認められない」とされた。しかしこの判決の内容は不可解である。一方では被告の主張を否定しておきながら、あたかも無償財産譲渡が正当であるかのような論理が展開されている。どういうことか。議会では、市長並びに大阪市は、大阪市の財産条例第16条で無償譲渡できると主張しており、訴訟内でも一貫してそのように主張してきた。そのため議決はいらないとしている。このことは住民監査請求から一貫した主張で、監査結果でも「財産の無償譲渡に係る議案の提出の要否について、再度慎重に検討されたい。」との意見が付与されたが、その後も検討されることはないようである。
判決文の要旨は次の通りだ。
大阪市が主張する大阪市財産条例第16条についての可否については、
「財産条例16条による大阪市長の判断での譲与は許されず、地方自治法 96条1項 6号及び 237条 2項による議会の議決が必要である」
と「議会の議決は必要だ」というわけだ。
しかしその後「議案」については、次のような論旨で「無償譲渡」に関する議案は必ずしも必要ではないとするのだ。
「議会においてその趣旨に沿った審議がされて議決がされることこそが必要であると解されるから、これらの条項によって求められる議決とは、上記ような個別の議案に対する議決に限定されないと解するのが相当である。」
では議会の議決についてはどうか。次のような論理を展開した。
「本件無償譲渡契約の締結が財産条例16条の要件を満たさず同条に違反するとしても、前記のとおり、本件無償譲渡契約締結について地方自治法96条1項 6号及び237条2項の議会の議決があったということができる」
と導いている。
「前記」とは採決をした本会議ではなく、教育子ども委員会における高校の廃止・移管に関する審議だが、ここでも大阪市は無償譲渡は財産条例第16条をもって行えるとの主張で審議を進めている。
また、大阪市の財産を大阪府に譲与することについても
「長期的な少子化が続くであろうことを踏まえ、大阪府又は大阪市における高等学校教育及び義務教育等をより効果的かつ充実したものにしようとすることにあり、本件移管の目的には、一定の公共性、公益性が認められる。」
と述べている。
控訴審にあたって、原告団ではこうした判決のおかしさは、法律の解釈として正当かどうかについての判断が必要ではないかと考えた。そして地方行政法について高い見識を持ち、なおかつ行政訴訟に対しても応じていただける法学者に意見を求めることになった。そののち、意見を伺った稲葉一将氏(名古屋大学大学院法学研究科教授)から意見書の提供を受けることができた。
「審議の実態が不十分であり、議会の判断を軽視している」
稲葉一将氏の意見書の指摘は次の3点。
意見書の結論として、以下のように述べられている。(筆者による要約)
大阪市が大阪府と締結した市有財産の無償譲渡契約は、明白に、地方自治法96条1項6号および237条2項が定める「適正な対価なくしてこれを譲渡」する行為に該当する。
本件は、前例がない大規模な財産譲渡であるから、「条例」を根拠とする一般的な譲渡が許される事例とは異なり、個別の議会の「議決」を要する。「適正な対価なくしてこれを譲渡」する行為が「議会の諧決」を必要とすると定める地方自治法237条2項の意義は、(中略)「適正な対価によらずに財産の譲渡等を行う必要性と妥当性を議会において審議させ、当該譲渡等を行うかどうかを議会の判断にゆだねる」ことを意味している。
「当該譲渡等が適正な対価によらないものであることを前提として審議がされた上当該譲渡等を行うことを認める趣旨の議決」までもが必要となる。
としたうえで、
大阪市は、地方自治法237条2項の議会の謡決は必要がないという見解を採用しているので、ここには本件無償譲渡契約と「適正な対価によらずに財産の譲渡等を行う必要性と妥当性を議会において審議させ、当該譲渡等を行うかどうかを議会の判断にゆだねる」という地方自治法237条2項の意義と矛盾する。
とされている。
この矛盾のつじつまを合わせるように、第1審判決は、
この2点は「事実としては両立するものであり、現に両立している」と述べて、同法96条1項6号および237条2項の議会の議決があったと判示した。
と指摘されている。
「本件無償譲渡契約は、地方自治法237条2項等によって必要とされる議会の議決が行われていないので違法であって、無効であると解するのが、本意見書の結論である。」
と結ばれている。
稲葉一将氏の意見書によれば、このような判決の論理展開は理解困難であるだけでなく、深刻な疑義を生み出していると述べられている。
「地方自治法237条2項等の法規範の側から「事実」に接近して、適法・違法の法判断を行うのが裁判所に期待されている役割であるはずが、(中略)裁判官は、むしろ「事実」を肯定して、ここから法規範を曲げて理解していないか、という疑義のこと。地方自治法が237条2項を法定したことの意義が問われるので、法を学ぶ者の一人として、この疑義は素通りできないものである。」
と法的な問題点をも指摘されている。
判決は、大阪市の主張する財産条例第16条は否定しながら、なぜ本会議の議案にも上がっていない財産無償譲渡を「議会の議決があったということができる」と追認するのだろうか。
財産条例第16条が否定されるのであれば、高校を廃止する議案第182号での法的な効力は、高校の廃止だけではないのか。財産条例第16条をもって無償譲渡できるとした大阪市は、議決の必要性のない事案であるというように議員を誘導したといえるのではないか。
こうした前提条件が整わなかった教育子ども委員会の審議が、議会の議決として認められるようなことになると、自治体が嘘の法的根拠を示しながら行われた審議に正当性を与え、のちに議案にはないことが「議会の議決があったということができる」という主張が認められることになりはしないか。
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