大阪カジノ住民訴訟で揺れる夢洲-7
前回まで、夢洲カジノ裁判の全体像を整理してきた。
2022年7月に提訴された第1グループの第1事件を皮切りに、第2グループによる第2事件、第5事件、第3グループによる第3事件、第4事件、そして2024年12月に第1グループによる第6事件の提訴まで、夢洲の土地と大阪市の利益供与ともいえる公金支出を巡って、多くの疑惑と違法性が提起されてきた。
これまでに市民、大阪市双方の主張が繰り広げられてきたが、2025年9月22日付で大阪市から第1事件並びに第6事件についての反論のまとめともいえる準備書面が提出された。今回は、原告の市民側と被告の大阪市側のそれぞれの主張の違い、反論とする論拠などを見ながら、明らかになっている事実とそれぞれの正当性について考えてみようと試みた。
第1事件は、約788憶円という巨額な税金をカジノ用地の土地課題対策費としてカジノ事業者に支払うということを決定したことの違法性を問うている。
大阪市がカジノ事業者の行う事業に税金を投入することは、民間事業者への便宜供与であり、また金額が大きすぎる。
そうした理由から、
という3点を請求したもの。
第6事件は、2023年12月から行われた土地改良工事用地の使用賃借契約において、IR事業者が行う工事にもかかわらず、賃借料を無償としていることの違法性を問うたもの。土地改良事業は大阪市の公共工事との体裁だが、実際には大阪IR株式会社が発注する工事だ。ここでも大阪市がカジノ事業者への便宜供与を図っていることから、本来収入となるべき賃料の損害賠償を請求している。
第1事件、第6事件に対する反論が出てきた
大阪市が出してきた第1事件、第6事件に対する反論は、およそ次のような主張だ。
大阪市は、夢洲の土地課題対策は大阪市港営事業に属し、市長に財務権限があるため、大阪港湾局長に対する訴えは不適法と主張している。
しかも、SPC(現MGM大阪株式会社)による土地使用はIR工事と密接不可分で、工期短縮・経費節減など合理的理由がある。だから無償使用も事業施行上やむを得ず、財産条例や地方自治法に違反しないと反論している。
また債務負担行為(788億円)は限度額であり全額支払う義務はなく、契約も「重大明白な瑕疵」がない以上は無効とはならず、住民訴訟の差止請求の前提を欠くとして、原告の主張は不当だ、としている。
権限関係・訴訟要件に関する論拠
大阪市は「契約締結権限は局長に委任」としながら、「財務権限は市長にあり局長は被告適格なし」と主張するなど、局長と市長の役割を都合の良いように切り分けている。土地貸付は財産処分行為であり、地方財政法 96条1項6号(重要な契約)に該当し、本来議会議決が必要であるが、そのことには答えていない。
契約および無償使用の適法性
大阪市は「工期短縮」「費用節減」を挙げているが、それが市にとってどれほどの利益になるかの具体的数値は示されていない。
大阪市は土地課題対策工事は「IR工事と一体不可分」と言うが、IRカジノ建設のために市が負担すべきでない工程まで市が肩代わりしているという疑念も起こる。788億円規模の土地改良費を負担することからも、第三者から見れば利益供与ではないか。
大阪市が土地課題対策工事を行う必要性
夢洲IR整備は、政策的なスローガンの結果によるもの。土地課題対策という個別費用が必要とする合理性がない。
国の認定とはいえ、私企業によるカジノ事業である。具体的な公益目的やSPC(現MGM大阪株式会社)の便益と市の負担の不均衡が際立つため、公益性があるとはいえない。ゆえに、工事円滑化を理由にした公益性の主張は認められない。
公金788億円支出の適法性
まず前提として、大阪市がIR事業者のリスクを公金で補填している。特に地下障害物撤去や液状化対策など、市の負担範囲が過剰に設定されている。しかも事業条件書や実施協定の記載から、今後市の負担範囲が拡大し、負担額が増大するリスクもある契約となっている。結果的に支出が限度額近くに達する懸念が大きい。
以上、原告市民側と被告大阪市側双方の要旨から、大阪市の主張には矛盾する点がいくつかあるように思う。
さて、裁判所は双方の主張をどのように捉えるだろうか。
次回口頭弁論は、2026年2月9日11時から大阪地方裁判所大法廷で行われる。
以下は、原告市民側と被告大阪市側の主張を比較表である。
土地の引渡・使用状況(無償使用と期間)
| 項目 | 事実 | 原告主張 | 被告主張 |
| 引渡日 | 2023年9月28日付けで締結した「事業用定期借地権設定契約公正証書]に「令和5年12月4日」と明記されている | この日をもって賃料発生の起算点であり、市は引渡遅延による損害賠償相当額を請求すべき | 引渡遅延はあるが、賃料発生や利益供与は未確定/無償使用の問題は生じない |
| 引渡状況 | 2024/7/3時点でも未引渡 | 無償使用8ヶ月継続 → 月額2億1070万円 × 8ヶ月=16.8億円の利益供与 | 利益供与といえる状況は未確定、使用実態も限定的 |
| 使用主体 | SPCはIR準備のため土地を利用できる立場 | 実質的にSPCは市の財産を無償利用している | 工事に必要な範囲での土地使用は契約上当然で、SPCの利益ではない |
SPC(現MGM大阪株式会社)が無償で利用可能な状態にしたという事実が財産管理上の重大問題ではないのか。
無償使用の法的評価(利益供与性)
| 項目 | 事実 | 原告主張 | 被告主張 |
| 賃料月額 | 210,730,589円 | この賃料相当額が市の失われた利益=SPCへの利益供与 | 賃料は引渡後発生、遅延期間は賃料が発生しない → 利益供与は成立しない |
| 利益供与額 | 約16.8億円(8ヶ月分) | 市は実質的にSPCに補助金提供をしているに等しい → 地方自治法232条の2違反 | 具体額は確定しておらず、利益供与とは言えない |
| 無償提供の根拠 | 契約には一部無償使用規定あり(13条2~4) | 無償使用規定は市が意図的に過大負担を負った結果で違法 | 契約に基づき当然 |
契約があっても公益性の欠如は自治法違反といえるのではないか。
SPC(現MGM大阪株式会社)への利益負担構造(市の過大負担)
| 項目 | 事実 | 原告主張 | 被告主張 |
| 市の負担総額 | 債務負担行為788億円(限度額) | 市がSPC(現MGM大阪株式会社)のリスクを過剰に負担→実質的補助金 | 限度額であり全額支払う義務はない |
| 地盤改良・地下障害物撤去 | 市が大部分負担 | SPC(現MGM大阪株式会社)本来負担の工事を市が肩代わりしている | IR工事と密接不可分 → 市が担うのに合理性がある |
| IR実施者との関係 | SPC(現MGM大阪株式会社)がIR区域全体の事業主体 | SPC(現MGM大阪株式会社)のために市が無償・低額で土地と整備を提供 | IRは公益事業の一環であるから市負担は正当 |
SPC(現MGM大阪株式会社)の事業=カジノに公益性があると言えるのか。
契約手続・権限の問題(議会関与・市長/港湾局長)
| 項目 | 事実 | 原告主張 | 被告主張 |
| 契約権限 | 条例・契約規則により港湾局長に委任 | 財産処分であり議会議決が必要 → 違法 | 委任の範囲内で適法 |
| 財務権限 | 市長が財務責任主体 | 市長の財産管理義務違反 | 市長は適法に執行、局長と役割分担 |
| 議会関与 | 本件無償提供は議会議決なし | 96条1項6号の議会統制の趣旨から外れる | 公企法適用で議会議決不要 |
議会統制を回避し市長裁量で巨額負担→明らかに裁量逸脱
公益性(地方自治法232条の2)
| 項目 | 事実 | 原告主張 | 被告主張 |
| IR事業の性質 | 国認定の政策 | 政策の是非は争わず、財務負担配分が違法 | 政策に沿った公益性あり |
| 市の負担とSPC(現MGM大阪株式会社)の利益のバランス | 市が大部分の前提工事負担 | 特定企業へ過剰利益供与 → 公益性欠如 | 全体として公益事業 |
| 無償使用の公益性 | 8ヶ月以上の無償供与 | 公益なし → 私益供与にあたる | 工事円滑化のため必要 |
国の認定とはいえ、私企業によるカジノ事業。
工事円滑化を理由にした公益性の主張は認められない。
救済措置(契約13条4項)の履行状況
| 項目 | 事実 | 原告主張 | 被告主張 |
| 救済措置の規定 | 「市は、遅延等が生じた場合にSPCに救済措置を行う」としている | 市は実施状況を開示していない。これは 財務会計行為の透明性を欠いている | 特段の主張なし |
市が説明責任を果たしていないことから裁量逸脱が強く印象付けられる
上記の比較から次のような事実が確認できる
- 引渡日が契約で確定しているにもかかわらず、8ヶ月以上引渡されず、市が賃料相当利益を取得していない
- 市が巨額の財産価値(16.8億円)を無対価でSPC(現MGM大阪株式会社)に与えた「状態」を放置している
- 救済措置の不履行または説明欠如という、市長の財産管理義務違反が推認される
- SPC(現MGM大阪株式会社)が事業主体であるにもかかわらず、市が過大に前提工事を負担している構造
- 財産処分に議会関与がなく、市長の裁量で行われているという統制の欠如
- 契約に記載されていても、公益性の客観的裏付けが存在しない
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