強さの方向転換
小選挙区制の構造が強いリーダー像を求め、この構造がその期待に応えてきたことを前回までに述べた。では、現在の構造を否定せずに超える道はあるのか。
結論から言えば、ある。それは「強さの方向転換」である。
大阪は依然として強い改革を求めている。ここを読み違えてはならない。いきなり「対話」や「熟議」だけを掲げても、支持は広がらない。強さの需要はまだまだあるからだ。
しかし強さには種類がある。
第一段階は、壊す強さである。既存制度を打ち破る力。大阪維新の会はこれを体現した。壊すということで言えば、「NHKをぶっ壊す」一点張りで政党が成り立つくらいである。既存制度や団体をぶち壊すことに多くの拍手喝采が集まる。
第二段階は、一本化する強さである。広域と基礎自治を一本化し、わかりやすくする。都構想はその象徴であった。実態は、基礎自治体を最弱の特別区に設定することで広域行政を強めるしくみであり、基礎自治体を壊しているに等しいのだが、(基礎自治体を痛めつけて、広域行政に)一本化すればたしかに広域行政は強くなる。
そして第三段階が、動かす強さである。
動かす強さとは
動かす強さとは何か。それは、制度を生活の中で機能させる力である。抽象的な改革ではなく、具体的な成果を積み上げる力である。
ここで焦点を当てるべきは、生活単位である。
たとえば防災である。大阪は水害、地震、高潮など多様なリスクを抱える都市である。しかし避難計画の多くは、町会や自主防災組織に委ねられている。
本来は鳴り物入りで作られたのが「地域活動協議会」(地活)であるが、効果的に大阪を新たに動かしていく生活単位になるどころか、町会や社会福祉協議会(社協)との二重構造になってしまい、当初の目的を果たせず、しかもその改革をする意志もない。生活単位をどう組み立て直すのか、ということについて、現大阪市政は全く手が打てていない。いや、大阪市民の無関心をいいことに放置状態となっている。
しかし本当に生活単位のことや地域のことを考えれば、ここを放置してはならないはずだ。
小学校区単位で一定の防災予算を持たせる。地域が自ら使途を決められるようにする。行政は枠組みと検証を担う。これは大規模な制度改正ではない。しかし生活の実感を変える可能性がある。
あるいは、広域重点事業の進捗を毎月公開する。達成度を数値で示す。強い首長とは、声が大きい人ではない。結果を管理できる人である。
動かす強さは、対立を煽ることを必要としない。既存組織や他の政党等の仮想敵を作らなくても前進できる。
重要なのは、集中と分散を使い分けることである。経済戦略やインフラ整備は集約が有効である。しかし福祉や教育、防災は分散が有効である。全てを一つの論理で処理しようとすることはできない。
【参考】大阪市の地域活動協議会のHPを観ればどのくらい真剣かかがわかる

【参考】市民活動ポータルサイトにおける「地域活動協議会」
地域と行政の関係性の認識は「行政の下請け」なのか?

矛盾を抱えたままの大阪
大阪はこれまで、「まとめる強さ」によって前進してきた。
だが都市は本来、多層である。広域と生活圏は異なるスケールで動く。
建築で言えば、都市計画と住戸設計は同じ図面では描けない。
動かす強さとは、その生活単位(スケール)を見極める力である。
また動かす強さは派手ではない。テレビ映えもしない。しかし確実に生活を変える。
ここで誤解してはならないのは、これは「穏健」な政治ではないということである。むしろ高度な統治能力を要する。分配には責任が伴う。権限を下ろすには、検証の仕組みが必要である。
動かす強さには、強い管理を前提とする。
維新構造が戦い続けることで支持を保ってきたとすれば、強い実装は成果を積み上げることで信頼を蓄積する。
大阪が次の段階に進むなら、この転換は避けられない。
壊す強さから、動かす強さへ。
戦う政治から、積む政治へ。
強い実装とは、改革の卒業ではない。改革の成熟である。
次回では、この「動かす強さ」と選挙についてを考える。
<山口 達也>

