4つのエリアモデルで考える第4回
大阪市の人口増なのに空き家増という矛盾。
都市のエネルギーが「新築供給」と「都心回廊の表層成長」に偏り、既存の住宅ストックが老朽化したまま放置される構造が定着してしまった。
今回も大阪市の空き家問題を4つのエリアモデルを仮想して分類し、個別に掘り下げて論じることを試みるその4回目。
① 都心部マンション密集エリア
② 郊外戸建ストックエリア
③ 木造密集旧市街地エリア
④ 潜在活用ストックエリア
③ 木造密集旧市街地エリアについて論考する。
木造密集地は都市の“限界点”、その構造的疲労
大阪市における空き家問題の中で、最も深刻で、そして最も正面から語られにくい領域が木造密集市街地である。西成区、生野区、東住吉区、大正区、港区などに広がる長屋・木造住宅群は、戦後の住宅不足期に形成されたまま老いていき、都市としての耐性を徐々に失っている。この地域の空き家問題は、単に建物の劣化にとどまらず、自治・防災・行政能力の限界がそのまま露出している場所である。
木造密集地の空き家率は、西成区25.9%、生野区22.8%と、市内でも突出して高い。これは単に「古い建物が多い」という話ではなく、都市の一部が事実上“崩壊過程”に入っていることを示す数値である。
空き家が目に見える形で増えているだけでなく、まだ居住されている建物の多くがすでに限界に達しており、空き家化は時間の問題という状況が広がっている。
これらの地域に共通する最大の特徴は、“誰にも動かせないストックが密集している”ということである。
所有者不明、相続放棄、登記未更新、長屋の一部だけ空き家化する構造。
いずれも行政が動き出す前に、問題が複雑化し、手が出せないところまで進行してしまう。
大阪市はこの事態を把握しているものの、実働部隊も制度的後押しもなく、空き家問題は地区全体の問題として放置されている。
所有者不明土地の問題は深刻である。
長屋の所有権は分散し、数代にわたる相続で誰がどの部分を所有しているのか不明になっているケースも多い。「登記簿上の所有者は死亡している」「相続人が互いに連絡を取れない」「みなし相続人が国外にいる」という状況が珍しくない。
行政が除却したくても、所有者の同意が得られず、法的手続きにも多大な時間がかかり、結果として構造的放置が続く。
木密地帯のリスクはまた火災に直結する。
戦前の木造家屋は建築基準法が制定された以前の築年数の場合、道路幅は1.8m以下の路地であることも多く、一軒の火災が数棟へ延焼する可能性は極めて高い。
消防車は侵入できず、風向きによっては街区全体が延焼帯になりうる。これは住宅問題ではなく、都市そのものの存続に関わる問題である。
大阪市の行政対応

しかし大阪市の現状を見る限り、危険性に見合った対応はほとんど取られていない。上記のように防災上の著しく危険な未収市街地は解消されてきているような報告になっているが、実際の危険空き家認定もその対策も限定的で、除却は所有者の同意が前提であり、制度上の抜本的な改革は見られない。
行政が動けないのは、制度の不備だけではない。
大阪市の都市政策は長年にわたり“表層の成長”を優先し、都市内部の老朽化には目を向けてこなかった。
再開発、タワーマンション、インバウンド。この三つが大阪の都市像を規定し、それ以外の領域──とくに基盤となる住宅ストック──は後回しにされてきた。
予算も人材もそこには配分されず、結果として木密の空き家は自治の空白地帯となった。
木密の空き家は、所有者にとっても負担でしかない。
売れない、貸せない、壊せない。
価値は低いのに、解体には高額の費用がかかる。近隣との関係性、心理的ハードル、相続人間の合意形成。動機がどこにもないまま、建物だけが劣化し続ける。
この状態は、個人の努力では克服できない。都市の制度として解決する以外に方法がない領域である。
建築士の視点から見ても、木密は建て替えや再生は最も困難な領域のひとつである。
境界が曖昧で、建て替えると越境する。基礎は不明、柱は腐食、配管は露出。
道路が狭く、施工機械が入れず、工事コストは跳ね上がる。再建できても周辺環境が変わらないため価値は上がらず、投資回収も困難である。
都市全体が積み残してきた構造的課題
つまり、木密の空き家問題は「誰が悪い」という種類の話ではなく、「都市全体が積み残してきた構造的課題」が限界点に達しているということにほかならない。
都市計画・住宅政策・福祉・防災・自治のあらゆる領域が接続しなければ解けない問題であるにもかかわらず、現況の大阪市の対応はあまりに手ぬるい。
だが、だからといって放置すれば、都市は加速度的に危険になる。
人口減少よりも早く、建物の老朽化が都市の持続性を奪う。
都市インフラの限界が、生活の限界へ直結してしまうのである。
次回の最終回では、これまでの4モデル──
都心マンションの静かな老化、郊外戸建の停滞、木造密集地の危機、潜在ストックの未活用──
を総合し、大阪市が何を優先し、どこから再生を始めるべきかを提案したい。
空き家とは都市の余白ではなく、都市の未来そのものを映す鏡である。
大阪市がその鏡にどう向き合うかが、これからの都市の寿命を決める。
<山口 達也>

