行政の予算編成への市民参加で「公共」はどう変わる?-7

市民と市政
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対話協調型区政の具体化としての「杉並区参加型予算モデル」

計画説明型の行政から対話協調型の行政への転換

ucoでは、昨年2024年に市民が行政の施策に関与するアプローチを検討するuco講座「進化する自治を構想する」の1つとして、「市民参加型予算から見る市民自治」を実施した。その際に、国内でこれまで紹介した海外の事例と同じようなスタイルで実施している自治体を調査した。東京都杉並区では、2023年(令和5)に「杉並区参加型予算モデル」を試行的に導入している。
※取材は2023年から2024年にかけて行ったもので、「杉並区参加型予算モデル」令和5年度の事業内容である
杉並区政策経営部 財政課長の土田昌志さんにインタビューに応えていただいた。

2023年(令和5)の区長選で岸本聡子氏が当選し、この年「杉並区総合計画(区政経営改革推進基本方針)」の第2次「杉並区区政経営改革推進計画 改定案」が発表された。これは選挙での岸本区長の公約が基本となっている。この中で5つの基本方針が明記されている。
  • 方針1 柔軟な発想に基づく業務の効率化と区民サービスの向上
  • 方針2 財政の健全性の確保と時代の変化に即応できる持続可能な財政運営の実現
  • 方針3 対話協調型区政の推進
  • 方針4 自治の更なる発展と自治体間連携の強化
  • 方針5 施設マネジメントの推進
今回紹介する「杉並区参加型予算モデル」は、方針4の「自治の更なる発展と自治体間連携の強化」の方針に基づく主な取組として提案されている。
取組みのトップに「自治・分権の推進」が挙げられている。そして「自治の推進の観点から、区民一人ひとりが積極的に区政に関わることができる取組を進めます。」とされている。区民が積極的に区政に関わることが区政の主眼の一つとして進められているのがわかる。
ちなみに「参加型予算の実施」と並んで、「気候区民会議の開催」についても記載されている。この気候区民会議は、2024年の3月から8月にかけて実施されている。

この区政方針の中で、参加型予算については次のように記載されている。
担当部署は財政課。

 区民の意見を直接的に行政活動に反映させ、区の財政を身近に感じてもらうとともに、区政に積極的に参加することを促進し、また、区にとって行政にはない新たな発想や考えを取り入れることでより区民ニーズに沿った行政課題の解決につなげることを目的に「参加型予算」を実施します。
 令和6年度(2024年度)は、令和5年度(2023年度)に引き続きモデル実施を行い、令和7年度(2025年度)以降は、継続的に検証し、必要な見直しを行いながら、取組を進めていきます。

本格実施に向けたモデル事業の実施

2023(令和5)年度は、「モデル実施」とされており、ucoが取材した時期は翌年度からの取組みを見据えたモデル実施時期になる。
そのこともあり、「森林環境譲与税基金」の使途について区民から提案を受けることにしたという。
森林整備を促進することを目的に、人材育成・担い手の確保・木材利用の促進・普及啓発等の、森林の整備の促進に関する施策に充てる財源であることから、区民にとって分かりやすいテーマとなること、また2024(令和6)年度から森林環境税の徴収が開始することも踏まえた上でテーマ設定としたとのこと。実際の募集では、「木材利用・環境教育などについて」というメッセージとなっている。
基金の残高が約6,000万円。予算化する事業を3事業程度選定することを想定し、1事業の上限を2,000万円とする予算設定が行われた。

当時の募集内容から、参加型予算の実施の流れを見てみよう。
1. 提案募集 6月15日~7月17日にかけて区民からの提案を募集
2. 審査 区による審査を行い複数の案を選定
3. 投票 選定された提案の中で実施を希望する事業案について区民投票を実施
4. 選定 投票結果から予算案に反映する事業案を選定
5. 確定 区議会で議決のうえ、次年度予算として確定。次年度に実施。
  1. 提案募集 6月15日~7月17日にかけて区民からの提案を募集
  2. 審査 区による審査を行い複数の案を選定
  3. 投票 選定された提案の中で実施を希望する事業案について区民投票を実施
  4. 選定 投票結果から予算案に反映する事業案を選定
  5. 確定 区議会で議決のうえ、次年度予算として確定。次年度に実施。
提案できるのは、区内在住・在勤・在学の方、区内に活動拠点がある法人やその他団体。
提案方法として、区の設置している応募フォームから提案するか、ホームページに掲載している提案様式に合わせて記載し、区へ郵送することで提案できる。

提案募集と並行して、翌年度からの本格実施に向けて、参加型予算に関するアンケートとワークショップが実施されている。こちらは、区に住民登録がある18歳以上のを区が無作為で抽出した2,000名に案内状を送り、参加要請をしている。

2023(令和5)年度は、57件の提案があり、その中から投票事案として10事業を決定されてる。決定にあたっては、区民からの提案については、 提案内容の修正や変更も含め て 検討し、提案の主旨を踏まえできるる限り実施につなげるように働きかけが行われたという。
投票にあたって提示された事業は下記の通り。
投票対象事業・おおよその予算額
① 間伐材を使った木工品を展示
約400万円
② 歩行者が気軽に利用できる木製ベンチをまちなかに広めよう
約100万円
③ 「科学と自然の散歩みち」の案内板を木材を利用してリニューアル
約1100万円
④ 木のおもちゃ、森に関する絵本で子どもの健やかな成長を応援
約920万円
⑤ 区立公園に木製の遊具やベンチを設置
約2000万円
⑥ 災害時に活用できる用具を公園に設置
約200万円
⑦ 区立保育園等で子どもたちへの木育を通じた国産材おもちゃの活用
約400万円
⑧ 青梅市に行く! 体験型の森林環境学習
約400万円
⑨ 多摩産材の利用を促進
約1900万円
⑩ ウッドチップを区立公園に活用
約280万円
投票は10月1日から31日までの1か月間実施。一人1回、最大3事業まで選ぶことができる。投票できるのは投票日時点で区内に在住している住民。事業内容については、財政課、区政資料室、区民事務所、図書館などでの閲覧ができ、投票もQRコードなどでインターネットからの投票に加え、投票用紙の郵送によっても可能。

広報として、広報誌・区公式ホームページへの掲載、X(旧 Twitter)やfacebook等のSNS、区立施設へのチラシ設置、区立学校へのチラシの電子配布、各種イベントでのチラシ配布などが行われている。

投票者数は2,586人。(住民基本台帳との照合の結果、杉並区民であることが確認できなかった者が含まれている)
投票を受けて最終的に予算化、実施された事業は下記の3件となっている。
令和5年度(令和6年度当初予算) (単位:千円)
1災害時に活用できる用具を公園に設置(公園のリニューアル)
	予算額 7,172
	広域避難場所である、井草森公園及び蚕糸の森公園にかまどベンチを各2基設置
2歩行者が気軽に利用できる木製ベンチをまちなかに広めよう(地域集会施設等維持管理、駅周辺まちづくりの推進)
	予算額 977
	駅に近く商店街に面した久我山会館敷地内に木製 ベンチ 1 基設置
	まちなか木製ベンチ等設置補助金交付事業を創設し 、木製ベンチ等を設置する区民等へ最大5万円を助成(8件見込み)
3区立公園に木製の遊具やベンチ を設置(公園等の整備、公園のリニューアル)
	予算額 18,462
	下高井戸みんなの公園に木製遊具3基、木製ベンチ3基、縁台1基 設置
	6公園に木製ベンチ15基設置

より充実した事業提案と区民参加に向けて

提案内容について、区では「行政にはない発想をいただくなど、(当初の目的と)概ね一致したと考えています」との回答だった。一方市民からは、「令和5年度のテーマ自体が限られた内容のものであったため、区民からの意見には目新しいものはない、投票したい事業が無い等の意見も一定程度見受けられ」たという。また投票者からは、「予算について知るきっかけになった、区政への参画に対する心理的ハードルが下がった等の意見」があった。

参加型予算については、第2次「杉並区区政経営改革推進計画 改定案」発表当初に区民からも様ざまな意見が寄せられていた。いくつかをピックアップしてみると・・・。

出典:令和4年度第5回意見提出手続きの結果「杉並区実行計画等の一部修正案」について
区民等の意見全文より
  • 参加型予算について。予算編成は、杉並区のことをよく理解し、税金を預かって行政を動かす責任と、幅広い知識や経験を持ち、全体を俯瞰して考えを述べることができる方々によって行っていただきたいです。区の職員さんは区民の声をよく聞いてくださっていますし、区民の代表である議員の皆さんが区民の声を議会に届けて、議論されています。区民を代表していないどこの誰かもわからない少数の区民の意思が予算に反映される仕組みが、議論もされないまま計画されることは、非常に不安です。
  • 参加型予算の実施とありますが、区の予算編成に際しては区内に存在する様々な組織団体から予算要望、並びに所管との意見交換を行ってきています。これらは参加型予算と見なされていないのでしようか。各々の組織団体はその役割において専門的な意見を述べているものと思います。あまりに大きな場での抽象的な意見交換はマイナスになることも懸念されます。実施内容をもう少し明確に示したなかでモデル実施すべきではないでしょうか。
  • 住民参加型予算は「主な取組」としてより正面に、大きく打ち出すべき施策であると考えます。海外では早くから普及し、国内でも既にいくつかの市区で導入しており、住民意識が高いといわれる杉並区の特性にふさわしい施策であると思います。
  • 「区政経営改革」で私が関心を持っているのは区民参加型予算と対話の会の拡充です。今回新たに追記された「参加型予算」について、特に興味があります。区議は選挙という民主主義の一つの方法で選出された区民の代表ですが選挙の制度的な問題や文化や社会の影響で女性や若者が少なく、議会での議論や政策が必ずしも我々区民の意思を反映しているとは言い難く偏っていると常々不満に思っていました。杉並区はこうした先進的取り組みにもっと積極的であって欲しいです。
現在、杉並区では、2025(令和7)年度の「皆さんとつくる予算(区民参加型予算事業)」を実施している。テーマは「健康・ウェルネス」。

webサイトには、前年度、全前年度の実施報告も掲載されている。
その末尾に「課題及び今後の対応」という記載があるので、最後にそれを引用して、杉並区についてのレポートを終わる。
出典:参加型予算モデル実施報告

(1)より充実した事業提案をいただくための見直し
区民等からの事業提案について、法令や区の既存事業との重複等の関係から、一定割合のものが「実施不可」となっている。より実効性の高い提案をいただき、区民等の参画意識を高めていくためにも、公民連携プラットフォーム(すぎなみプラス・すぎなみボイス)を活用しながら、区の事業に関する情報をなるべくわかりやすく提供していくとともに、地域の担い手の皆さん同士をつなぎ、互いのアイデアや知識・ノウハウを共有しながら提案を練っていけるような「場作り」を行っていく。

(2)より多くの区民等の皆さんに参加いただくための仕組の検討
区の参加型予算の投票数は3,322人と、投票率としては1%に届いていない状況である。より多くの属性の方に事業提案、投票いただけるよう、従来の広報媒体での周知や地域でのイベント等での案内に加え、地域団体や教育機関といった地域の担い手へのアプローチを行っていく。

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