100万年の子守唄を浴びてきた

コラム
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水の中を漂うようなアート展

過日、sns上に「滋賀県高島市でまるで水の中を漂うようなアート展が開催中です!」という投稿が流れてきた。湖北の高島が会場というその展覧会の内容はほとんどわからなかったが、高島にある旧家(おそらく空き家なんでは?)を舞台にどんなことをしているのかと興味を持った。

一つ目の会場は、JR近江高島駅を降りて10分ほどのところにある、旧福井盛弘堂という丁稚羊羹で有名だったという和菓子店だった古民家。案内をされている町の人に尋ねると、昭和の終わりごろ老姉妹で店を切り盛りしておられ、とてもおいしい羊羹だったと思い出を語られた。姉妹のうちお一方が亡くなられたこと、また山側の工事などで水質が変わり、羊羹の味が保てなくなったこともあり、お店を仕舞われたと聞いた。この高島で、水が豊かで多くの自然環境を残しているこの地で、いまから50年近く前でさえ、様ざまな開発の影響が及んでいたことを思い知った。
旧福井盛弘堂という丁稚羊羹で有名だったという和菓子店だった古民家。
第一会場「つながりの家」 旧福井盛弘堂(高島市勝野1340)の外観 
間口からは考えられないほど奥が深い。
「100万年の子守唄」と題する展覧会は、キュンチョメという二人のアートユニットによる映像や画像、ドローイングなど多様な作品展。彼らの紹介文に、次のような一文がある。

琵琶湖の西側にある、水に囲まれた静かで小さな町。
この町を歩いていると、水が歌う子守唄が聞こえてくるような気がしました。
ここに流れ着く水のものが、あらゆる生命に向けて子守唄を歌っているのです。

高島の町をからだで、感性で受けとめた感想だと思う。彼らはそれを「私たちを愛してくれるもの」と感じたという。

自分と同じ形をしていないものから愛を感じること。そして、自分と同じ形をしていないものを愛すること。
それは、幸せのためにとても大切なことなのではないかと思います。

ヘソに合う石

「つながりの家」と称された旧福井盛弘堂では、「金魚と海を渡る」という映像作品と「ライフ・イズ・ビューティフル」と題した写真とドローイングを見て回った。
和菓子店の役目を終え半世紀近くたった店内は、和菓子作りを支えていた道具や井戸が、ある日を境に時が止まったかのように朽ちかけ、ほこりを被ったままの姿で迎えてくれる。そこに、この町で受けとめた思いや愛を花束や植物たちの姿、かたちとしてあらわされる。
和菓子店の役目を終え半世紀近くたった店内は、和菓子作りを支えていた道具や井戸が、ある日を境に時が止まったかのように朽ちかけ、ほこりを被ったままの姿で迎えてくれる。
「つながりの家」内に設置された木箱や天秤秤、7包装で使う竹の皮、覚書帳など過日の記憶と共にある作品の写真
会場内に残るかまどに展示された「あいまいな地球に花束を」の一つ
その中で、「ヘソに合う石」という作品と出会った。
琵琶湖で見つけたヘソに合う石だという。
一日中砂浜に寝転がって海を見ていた日、砂浜の石を何となくヘソにはめてみたら、自分のヘソにびっりとはまったという。太陽に温められた石の暖かさがヘソから伝わり、世界と特別な関係が結べたような気がしたという。
自然と一体化した自分を感じることがある。たまたまヘソがその扉の一つで、その時拾った石が扉を押し広げたのかもしれない。
ある瞬間、思いもしなかった自然を感じる感情が沸き起こることを、思い起こさせてくれた。「つながりの家」で最も感銘を受けた出会いだった。
ヘソに合う石
今回の展示のために琵琶湖で見つけたヘソに合う石とドローイング

自然の循環に加われない孤独

「治癒の家」に展示された「あなたの傷が癒えますように」の一角 傷ついた犬たちの写真に刺繍が施されている
「つながりの家」から歩道を渡りほんの少し歩いた先に2つ目の会場「治癒の家」に行く。
病気なのか、虐待なのか、傷つき体毛が抜け落ちた犬の写真に、それを補うように刺繡糸を一針一針施した作品。「いつかあなたの傷が癒えますように」と。
「治癒の家」は一般住宅の米蔵だったところ。蔵だったことがわかる高い天井。その天井まで届く壁面いっぱいに海の映像が映し出されている。
海の中で泳いでいたら、一枚のビニール袋が流れてきた。それが人間の幽霊のように見えた。そこでそれを人形に切り、海に漂わせたその様が、海の心音と共に流れている。
海の中で泳いでいたら、一枚のビニール袋が流れてきた。それが人間の幽霊のように見えた。そこでそれを人形に切り、海に漂わせたその様が、海の心音と共に流れている。

海の中を踊るように漂う乳白色のビニール人間は、儚くもあり、美しくもあります。しかしそれは、大きな「いのちの循環」に加われず、ずっと孤独に漂い続けます。

いのちの循環から逸脱し、孤独に漂流する人型ビニールを映し出す「Ghost In the Ocean」
乳白色のビニール人間は作者自身であるかもしれない。あるいは、誰しもが孤独に亡くなる様かもしれない。
でも私は、文明社会が生んだ「ビニール」という自然には生み出されない「美しい」とされた素材が、自然の循環とは相いれず、孤独にその使命を終え、実態のある幽霊(ゴミ)となって漂う比喩のように思えた。

琵琶湖を一粒、指先に乗せて歩く

「治癒の家」から戻り、道を隔てた側にある水路沿いに次の会場「祈りの家」がある。ここも住宅の米蔵だったところ。
「海の中に祈りを溶かす」映像作品。海に沈みゆく人が映し出され、吐く息が泡となり、音と共に水面へと駆け上がっていく。その様はどこまでも青い。一面青い海の中を体感するように時が流れていく。
指先に乗せた一粒の琵琶湖の水がいつの間にか自身の中に浸み込んでいき、ともに町を歩く「一粒の琵琶湖と歩く」
蔵の入り口の横に「琵琶湖を一粒、指先に乗せて歩く」と書かれた台に丸い水槽が置かれている。ガラスの管が水槽と共にある。
あぁ、一滴指先に乗せて、琵琶湖を感じながら、この街を歩いてね、ということだとわかる。

一連の作品は、映像や写真、あるいは花瓶に挿した花などだが、いずれも琵琶湖やこの高島に流れている悠久の時と今を体感してね、というメッセージと感じた。

「祈りの家」の通りには400年を超えて鮒ずしをつくり続けている老舗がある。琵琶湖で育った命を琵琶湖の水や米と共につくり上げる。「つながりの家」の和菓子もこの町の水と共にあった。通りを流れる「かわと」と呼ばれる水路は、高島の街の象徴であり、琵琶湖周辺地域は「水」と共にあり続ける地域。100万年の子守唄を通じて、改めて琵琶湖の水をに思いを馳せた。

新しくもあり本質的なまちとアートの出会い

キュンチョメは、ホンマエリとナブチというお二人のアートユニット。
そしてこの展覧会は、滋賀県立美術館が3年度に渡って行う、湖北をめぐる展覧会の第一弾だとある。

「アート・スポット・イン湖北―ASK-」

私は、この展覧会を企画したキュレイターに称賛の拍手を送りたい。
町と美術の融合、あるいは町おこしとしての美術展、町を会場としたアート展など、これまでも美術館からアートを解き放ち、町とのコラボレーションは試みられてきた。しかし、地域の特性や、その町の文化や歴史を体感させ、それでいてアートの持つ素朴な感性や現代性、あるいは時代を体現する展覧会は記憶にない。
作品展全体を通して、まちの地力を強く感じることができる、ある種不思議な体験をもたらす新しい試みと思う。

会期中、作品展示だけでなく、作家とのワークショップや、学芸員による展示解説とまちあるき、作家が作品やそのプロセスを語るアーティストトークなども行われる。高島市は、自然豊かな美しいまちということはよく知られていると思う。だが、この町の文化や歴史、人の息吹はなかなか手にできるものではない。この作品展を通して、そうした思いが長く伝わればいいなと思った。
この後、米原市、長浜市へとつながっていくこの展覧会を楽しみにしたい。


ASK01 滋賀県立美術館 湖北における現代美術展
「キュンチョメ 100万年の子守唄」
会期 2026年2月21日(土)~4月19日(日)
会期中の金曜日、土曜日、日曜日、2月23日(月・祝)に開場
開場時間 10:30~16:30
会場 滋賀県高島市大溝地域の3つの家
①旧福井盛弘堂(高島市勝野1340[宝・北本町])
②中田家住宅旧米蔵(高島市勝野1350[宝・紺屋町])
③林家住宅旧米蔵(高島市勝野1256[中町])
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