【AIショック前夜】人類はAIを止めることも進めることもできないのか

コラム
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思い返そう、コロナショック

2019年末、中国・武漢で原因不明の肺炎が広がり始めた。当初、それが世界中の経済活動を停止させるほどの事態になるとは、多くの人が考えていなかった。
しかし、2020年に入ると感染は世界へ拡大し、各国が都市封鎖や行動制限を実施した。人々は働けなくなり、消費が止まり、株式市場は急落した。
コロナショックで明らかになったのは、人類が未知のウイルスを十分に制御できなかったという事実だけではない。世界中の人や物が高速で移動する社会そのものが、感染拡大の条件になっていたことである。

経済活動を維持すれば感染が広がる。しかし感染を止めようとすれば、経済活動を制限せざるを得ない。
社会を発展させてきた仕組みが、危機を拡大する仕組みに変わってしまったのである。
そして今、AIをめぐって、これと似た矛盾が生まれようとしている。

AIによるサイバー犯罪というAIショック

AIの進歩によって、サイバー犯罪のあり方が変わり始めている。

従来、高度なサイバー攻撃には専門的な知識と技術が必要だった。しかしAIは、攻撃プログラムの作成支援、システムの弱点の探索、詐欺の自動化など、犯罪者の能力を拡張する可能性を持っている。

さらに厄介なのは、AIが攻撃の規模と速度を変えてしまうことである。

人間が何日もかけて探していたシステムの弱点を、AIが短時間で発見する。大量の標的に対して、巧妙な攻撃を繰り返す。防御する側もAIを利用するだろう。しかし、攻撃する側も同じようにAIを進化させる。そうなれば、攻撃と防御は際限のない競争になる。
実際、2026年5月、IMFはAIによるサイバー攻撃の高度化が、金融システム全体の安定性を脅かす可能性を指摘している。
ここで重要なのは、AI犯罪を完全に防ぐ技術が確立されていないという点である。
もちろん、すべてのサイバー犯罪がAIによるものではないし、AIの発達が必ず犯罪者を優位にするとも限らない。しかし、AIの能力が高まるほど、それを犯罪に使わせないための管理は難しくなる。さらに、自律的に仕事を進めるAIが普及すれば、問題は犯罪者による悪用にとどまらない。AI自身が指示を誤解し、想定外の操作を行う危険も生まれる。

人間がつくった技術であるにもかかわらず、その行動のすべてを人間が事前に把握できるとは限らない。

これは感染症とは異なるが、制御が追いつかないまま危険が拡大するという意味では、コロナ禍を思い起こさせる。

AI規制とAI投資の矛盾

AIによる犯罪被害が拡大し、社会がAIの利用を制限する方向へ動いたら、何が起きるだろうか。現在、世界中でAI関連企業に巨額の資金が投じられている。

半導体の開発、データセンターの建設、発電設備の増強、送電網の整備。AI産業は、将来の膨大な需要を前提として拡大している。ところが、その投資額に見合う収益が将来確実に得られるかどうかは、まだわからない。

2026年1月、国際決済銀行(BIS)は、AI関連投資の拡大によって、企業の資金調達が営業利益から借入金へと移り、プライベートクレジットと呼ばれる非銀行融資の役割が拡大していると指摘した。

つまり、AI産業は単に技術革新への期待だけで動いているわけではない。その期待を前提として、巨額の借金と投資が積み上がっているのである。ここで仮に、大規模なサイバー犯罪やAIへの不信を契機として、AI利用が急激に縮小したとしよう。AIサービスの収益見通しが悪化する。データセンターの新規建設が中止される。半導体需要が減少する。投資家は資金を引き揚げようとし、借入金に依存してきた企業の資金繰りが悪化する。
企業の破綻や信用不安が連鎖すれば、損失はAI産業の内部だけでは収まらない。銀行、投資ファンド、保険会社、年金基金などに影響が広がる可能性がある。
ただし、AI規制によってすべてのデータセンターが不要になるわけではなく、すべてのAI企業が破綻するわけでもない。
問題は、成長が続くことを前提に組み立てられた金融構造が、急激な成長鈍化にどこまで耐えられるのかということである。

世界経済は、AI投資を止められなくなっている

さらに深刻なのは、AI投資を続けること自体が、新たな危険を大きくする可能性である。AI企業は競争に勝つため、より高性能なモデルを開発し、より大きな計算設備を必要とする。
そこには巨額の電力と資金が投入される。
しかし、将来の収益が期待を下回れば、投資を回収できない企業が生まれる。では、投資を減らせばよいのか。そんな簡単な話ではない。

AI関連投資は、半導体メーカー、建設業、電力事業者、金融機関など、多くの産業を巻き込んでいる。投資が急減すれば、それまで成長を支えていた需要そのものが失われる。

2026年10月13日、IMFはAI投資の急減によって、2028年の世界GDPが基準シナリオより1.1%低くなる可能性を示した。一方で、この想定は世界的な景気後退までを予測するものではない。したがって、AI投資の停止が直ちに世界恐慌を引き起こすという断定はできない。しかし、借入金による投資が積み上がり、損失が金融機関へ連鎖する場合には、単なる株価下落を超える危機に発展する可能性がある。

ここに、AI社会の大きな矛盾がある。
AIを進歩させれば、制御しきれない危険が大きくなるかもしれない。
しかしAI投資を止めれば、今度は世界経済を支えている資金の流れが崩れるかもしれない。
進んでも危険、止まっても危険。もしこの構造が固定化してしまえば、私たちはAIの危険性を認識していても、その利用を縮小する選択が難しくなる。
まるで、止めた瞬間に倒れてしまう自転車のように、社会全体が走り続けることを強いられるのである。

コロナショックとAIショックの決定的な違い

コロナ禍では、感染症対策によって経済活動が制限された。
しかし、人々には感染拡大が収まれば、再び働き、移動し、消費できるようになるという回復への見通しがあった。

一方、AIショックには、そうした明確な終点がない可能性がある。

AIによる攻撃を防ぐための技術が開発されても、攻撃するAIの能力も向上する。
新しいAIを開発するためには、さらに投資が必要になる。
投資競争を続ければ金融リスクが積み上がり、投資を縮小すれば経済活動が減速する。もちろん、技術の進歩によって安全性と収益性が両立する可能性もある。しかし、もしそれが実現しなければ、AI社会は危険を抱えたまま発展し続けることになる。

コロナは人間の外から現れた感染症だった。

AIは人間自身がつくり、競争によって能力を高め、経済全体をその成長に結びつけている技術である。だからこそ、AIの危機は技術だけでなく、社会をどのように運営するのかという問題になる。

私たちは、AIから降りられる社会をつくれるのか

では、私たち市民はAIとどう付き合えばよいのだろうか。AIを使わないという選択は、すでに現実的ではなくなりつつある。
行政、医療、教育、金融、企業活動。AIの利用は今後も広がっていくだろう。しかし、AIを使うことと、AIがなければ生活できない社会にすることは、まったく違う。

例えば、自治体が住民サービスをAIによって効率化することには意味がある。しかし、窓口を廃止し、職員を減らし、システムが停止した際の代替手段まで失ってしまえばどうだろうか。便利さのために、住民が必要なサービスを受ける選択肢を失ってしまう。

さらに、データセンターの建設によって地域の電力や水が大量に使われる場合、その負担を地域住民が引き受け、利益は遠くの企業へ流れるという構造も考えられる。その利用条件を、誰が決めるのか。AIにかかわる巨大な投資やリスクを、企業と政府だけの判断に委ねてよいのだろうか。

私たちに必要なのは、AIに依存しすぎない社会を設計することである。

公共サービスには人間による代替手段を残す。AIによる判断には説明と異議申立ての仕組みを設ける。地域の資源を使う事業には、地域住民が条件の決定に関われるようにする。そして、AI企業の投資が失敗したとき、その損失を安易に市民へ転嫁させないため、資金調達と公的支援の仕組みを透明にする。こうした仕組みは、AIに反対するためではない。AIを社会の道具として使い続けるために必要なのである。

本当に恐ろしいのは、AIを止められない社会

コロナショックは、私たちが自然界の脅威を完全には制御できないことを示した。AIショックが起きるとすれば、それは人間がつくった技術と、それを支える経済の仕組みを、人間自身が十分に制御できなくなる危機かもしれない。

AI犯罪の危険が高まっても、経済への影響を恐れて規制できない。
巨額の投資に疑問が生まれても、金融危機を恐れて縮小できない。
その結果、危険性も利益も負担も、私たち自身では決められなくなっていく。

そのような社会を、果たして望ましい社会と呼べるのだろうか。
AIが人間を超えるかどうかよりも、先に考えるべきことがある。

私たちは、AIを止めるという選択肢を持ったまま、AIと共存できるのか。

それは技術者だけの問題でも、投資家だけの問題でもない。
AIが当たり前になる社会を、誰が、何のために、どこまで動かすのか。
その決定に私たち自身が関われるかどうか。
そこに、AI時代の市民社会の未来がかかっている。

<山口 達也>

根拠資料

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