海は誰のものか❶――日本の沿岸で進む「コモン」から「市場」への転換

コラム
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かつて、日本各地の沿岸の海は地域の人びとが共有し、使い、守ってきた「コモン(社会共通資本)」だった。
しかしいま、その前提が静かに変わり始めている。
気候変動や海洋環境の変化による漁獲量の減少が注目される一方で、海の「使い方」そのものが制度的に再設計されつつある。
その転換点となったのは、2018年の制度改正にある。
海は誰のものか①――日本の沿岸で進む「コモン」から「市場」への転換
海の利用構造の転換

制度が海の使い方を変えた

2018年、漁業法は約70年ぶりに大きく改正された。政府はこの改革について、「資源管理の強化」と「漁業の成長産業化」を掲げている。
具体的には、科学的な資源評価に基づき、漁獲量の上限(TAC)を設定し、資源を持続的に利用するしくみへと転換するものだ。
この考え方自体は合理的であり、国際的にも広く採用されている。
しかし、制度の本質的な変化は別のところにある。
それは、「誰が海を使うか」を決めるしくみが変わったことだ。

漁業権は「条件付きの権利」へ

従来、漁業権は地域の漁業者や漁業協同組合に優先的に与えられてきた。これは単なる権利ではなく、地域社会が海を管理するしくみでもあった。
しかし改正後、「地域水産業に最も寄与する者」に付与されるしくみへと変わった。一見すると合理的な基準に見えるが、ここに大きな転換が潜んでいる。
海は「地域が使うもの」から、「評価によって選ばれる主体が使うもの」へと変わったのである。

ん?、誰が評価し、誰が選ぶのか。

配分の論理は変えられた

資源管理の導入に伴い、漁獲量は制限される。そしてその配分は、過去の漁獲実績などを基準に決められるしくみとなっている。
この構造は、結果として大規模な事業者に有利に働く可能性がある。
さらに一度配分が決まると、それは事実上の権利として固定化されやすい。
つまり資源を守るための制度が、同時に「誰が海を使うか」を再編するしくみとなっているのである。

もう一つの制度――再エネ海域利用法

同じ2018年、もう一つ重要な法律が制定されている。
再エネ海域利用法である。
この法律は、海域を洋上風力発電などに利用するため、国が区域を指定し、公募によって事業者を選定するしくみを導入した。しかもその占用期間は最大30年に及ぶ。
ここでも同じ構造が見える。
海は「利用される空間」から、「配分される事業資源」へと変わっている。
海は誰のものか
同じ海で競合が始まっている
行業、観光、風力発電、養殖事業が同じ海を奪い合う
海域利用の多目的化

PFIと同じ構造

この変化は、どこかで見た構造と似ている。
行政が主体となって公共資源を管理し、民間事業者を選定し、長期的に運用を委ねる。
これはこれまでucoで公共が民間の収益資源へと変えられる、いわゆるPFI(民間資金を活用した公共事業)に極めて近い構造だ。

違いは、対象がインフラではなく「海」であることだ。

海は「市場」になりつつある

漁業、エネルギー、観光。
これまで分断されていた海の利用は、いま一つの空間の中で競合し始めている。
洋上風力では海外企業を含むコンソーシアムが参入し、養殖では大手企業や商社が生産を担うようになりつつある。
海は、複数の産業が価値を競う「市場」として再編されつつある。
利益はどこへ行くのか
これまでの地域循環から、企業や外資による外部流出が始まっている。
いま、利益は地域に残らなくなりはじめた。
価値の流れの変化

これは「改革」なのか、それとも

政府はこの改革を「海業の成長産業化」と説明する。

「海業(うみぎょう)」は、1980年代のバブル期、ブームになりつつあったマリンレジャーなどの観光業を漁業者が兼業することで「副業」による収益拡大を奨励した用語。マリンレジャーの規模が縮小したことも含め、佐野教授はこの政策は失敗だったと断じ、新自由主義が「海業」をゾンビ化させていると指摘する。

水産庁が2022年策定した新たな「水産基本計画」において、「海業などを行う漁協らと民間事業者間の連携により、漁業以外の産業の取り込みを推進するなど、漁村地域の所得向上に向けた具体的な取り組みを進めていく」、さらには「海業等の取り組みを一層推進することで、海や漁村の地域資源の価値や魅力を活用した取り組みを根付かせて水産業と相互に補完しあう産業を育成し、地域の所得と雇用機会の確保を図る。」としています。

「日本漁業の不都合な真実」(佐野雅昭・著 新潮新書)より
確かに、資源管理の強化や生産性の向上という側面はあるだろう。
しかし同時に、海の性質そのものが変わりつつあることも見逃せない。
それは、海を地域が支えてきた共有資源から、評価と効率によって配分される経済資源へと転換する政策となっているからだ。
この変化を「必要な改革」と見るのか、それとも「構造的な転換」と見るのか。あるいは、地域の共有資源が静かに切り離されていく過程と見るのか。
答えはまだ出ていない。
しかし一つだけ確かなことがある。
海のルールは、すでに変わり始めている。


次回は、洋上風力や観光など、異なる産業の参入によって何が起きているのかを具体的に見ていく。
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