空気の設計—戦前と現在と。

コラム
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既視感のある時代に立っている私たち

イランとアメリカの緊張関係が報じられ、日本でも安全保障や国際情勢への関心が高まっている。その一方で、「戦前の日本と似ているのではないか」という言説も繰り返されるようになった。

確かに、その感覚は間違っていないと感じる一方で、それを単純に「同じ道をたどる」と結論づけるのもまた、危ういとも感じる。

重要なのは、「何が似ていて、何が違うのか」を構造的に捉えることである。
そしてその核心にあるのが、「空気」という視点である。

日本が過去に取り憑かれてきた「空気」については、もう若い方はご存じないかもしれない。賛否両論あるが、山本七平が詳しい。

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戦前と現在に共通する「空気」の正体

戦前日本を語るとき、制度や軍部の暴走が強調されることが多い。しかし実際には、それだけでは説明がつかない。
多くの人々は、ある日突然、戦争を望んだわけではない。
むしろ、

  • なんとなく仕方ない
  • 反対する理由が見当たらない
  • 皆がそう言っている

という「空気」によって、徐々に方向づけられていった。

ここで重要なのは、
意思決定は個人ではなく、空気によってなされていたのではなないかという点である。

現在も同様である。

例えば国際情勢において、

  • 善と悪の単純な構図
  • 敵の道徳的な非難
  • 専門家による“やむを得ない”という説明

が繰り返されることで、複雑な現実は理解しやすい物語へと変換される。

そしてその物語が共有されると、人は「考えた結果」ではなく、
「そう思うのが自然だ」という状態に入る。

これが空気の正体である。

空気は誰が設計しているのか

では、この空気は自然発生しているのか。

答えは、半分は自然であり、半分は設計されている。

戦前においては、

  • 新聞・ラジオ
  • 国家による検閲
  • 教育

が空気を形成していた。

現在は一見、自由な情報環境に見える。
しかし実態はむしろ複雑である。

  • 政治家がSNSで直接発信する
  • メディアがそれを引用・増幅する
  • アルゴリズムが似た意見を優先的に表示する

この循環の中で、特定の認識が強化されていく。

つまり現代の空気は、
統制ではなく「増幅」によって設計されている。
そう観るのが正しいと思われる。

しかもその設計者は単一ではない。

  • 国家
  • メディア
  • プラットフォーム企業
  • そして私たち自身

全員が、無意識に空気の形成に関与している。

戦前と決定的に違うもの

一方で、現在は戦前とは大きく異なる条件も持っている。

第一に、経済である。

戦前は領土や資源の獲得が国家の合理的な選択肢であった。
しかし現在は、グローバル経済が高度に結びついているため、戦争は基本的にすべての主体に損失をもたらす。

第二に、情報である。

完全な情報統制は不可能になった。
誰もが多様な情報にアクセスできる。

ただしこれは、必ずしも良い方向に働くとは限らない。
情報が多すぎることで、人は判断を放棄し、
結果的に「分かりやすい物語」に回収されていく。

第三に、日本の立場である。

戦前の日本は当事国であったが、現在は安全保障を他国に依存し、直接の戦場を持たない。

しかしこれは安心材料ではない。
むしろ、
自分は当事者ではないという感覚を強める要因となっている。

最も危険なのは「無関係」という感覚

歴史を振り返ると、戦争は突然始まるわけではない。

  • 最初は遠い地域の出来事であり
  • 次に「関係はあるが自分ごとではない」となり
  • 最後に、避けられない現実として受け入れられる

このプロセスをたどる。

戦前日本も同様であった。

満州事変の段階では、多くの人にとってそれは遠い出来事だった。
しかし時間とともに、その距離は縮まっていった。

現在の日本もまた、
「どこか遠い戦争」を眺めている状態にある。

そしてこの距離感こそが、空気を無自覚に受け入れる温床になる。

では空気は変えられるのか

では、この空気の中で私たちは何ができるのか。

結論から言えば、
空気は完全には抗えないが、設計し直すことはできる。

そのために必要なのは、大きく二つである。

一つは、「視点の分散」である。

  • 一つのメディアだけで判断しない
  • 異なる立場の情報に触れる
  • 自分の前提を疑う

これにより、空気の中にいながら距離を取ることができる。

もう一つは、「小さな単位での判断」である。

国家レベルの意思決定は個人には変えられない。
しかし、

  • 地域
  • コミュニティ
  • 組織

といった単位では、空気の影響を相対化することができる。

これはUCOが扱う「自治」の核心でもある。

問われているのは制度ではなく感覚

戦前と現在は同じではない。
しかし、同じ構造は確実に存在する。

それは、
人が空気によって意思決定してしまうという構造である。

だからこそ、問われているのは制度や政策だけではない。

  • 自分は何を当然だと思っているのか
  • その当然はどこから来ているのか
  • 自分は空気に乗っていないか

この問いを持てるかどうかである。

空気は、見えない。
だからこそ、設計されやすい。

しかし同時に、
意識された瞬間に、その力を弱めることもできる。

いま私たちが向き合うべきなのは、戦争そのものではない。
その手前にある、「空気の設計」なのである。

<山口 達也>

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