当選した交野市長へエールを送らないということ

コラム
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交野市長選が映し出した「オール維新・大阪」の危うさ

大阪府交野市長選挙が終わり、現職の山本景氏が再選された。

山本氏と争ったのは、大阪維新の会公認の美好かほる氏である。選挙期間中、大阪府知事であり大阪維新の会代表でもある吉村洋文氏は、美好氏への支持を繰り返し訴えた。候補者を公認した政党の代表として応援すること自体は、もちろん不自然ではない。

吉村洋文(大阪府知事)のxから引用

しかし、選挙が終わった後の発信には、強い違和感が残った。

少なくとも私たちが確認した範囲では、吉村氏から示されたのは、大阪維新の会として選挙結果を受け止める発信であり、再選した山本市長への祝意や、交野市民の選択を尊重し、今後も大阪府として協力していくという言葉は見当たらなかった(現在もない)。


吉村洋文(大阪府知事)のxから引用

これは、単なる「選挙に負けた後の礼儀」の問題ではない。

私たちが問いたいのは、吉村氏がこのとき、いったいどの立場に立っていたのかということである。

大阪維新の会の代表なのか。

それとも、大阪府内43市町村と連携する大阪府知事なのか。

選挙中は党代表として候補者を応援したとしても、選挙が終われば、当選した市長は大阪府が連携すべき自治体の代表である。支持した候補者であるかどうかにかかわらず、交野市民が選んだ市長に敬意を払い、府政のパートナーとして向き合う。それが大阪府知事としての姿勢ではないだろうか。

「選挙では競った。しかし、これからは交野市民のために協力する」

そのひと言が、なぜ言えないのか。

今回の沈黙は、現在の大阪で「行政」と「政党」の境界が、どこまで曖昧になっているかを象徴している。

都道府県と市町村とは独立した地方公共団体

交野市長は、大阪府知事との関係性を考えてほしい。

日本の地方制度では、都道府県と市町村はそれぞれ独立した地方公共団体である。広域行政を担う大阪府と、住民に身近な行政を担う交野市は、役割こそ異なるが、上下関係にあるわけではない。

交野市長が大阪府の方針に異論を唱えることもあるだろう。
府の事業に説明を求めたり、市民生活への影響を指摘したりすることもある。

それは「大阪府に逆らうこと」ではない。

交野市民から直接選ばれた市長として、地域の利益と暮らしを守るために必要な行動である。

ところが、大阪府知事と府議会の多数、大阪市長と市議会の多数が同じ政党によって占められ、さらに府内の市町村長選挙でも同じ政党が公認候補を次々と立てていくと、自治体間の関係までが政党内の系列のように見え始める。

同じ党の首長なら「仲間」。違う立場の首長なら「対立者」。

そのような見方が定着すれば、本来は対等であるはずの自治体間の協議が、党内の上下関係へと置き換えられてしまう。

だからこそ、今回の選挙後、大阪府知事として山本市長にエールを送ることへの意味は大きかった。

それは山本氏個人への好意を示すことではない。交野市民の選択を尊重し、政党の違いを越えて自治体同士が連携するという、地方政治の基本を示す行為だったはずである。

二元代表制は「対立をなくす制度」ではない

地方自治体では、首長と議会議員の双方を住民が直接選ぶ。

これが二元代表制だ。

首長が行政を執行し、議会が条例、予算、契約などを審議する。首長と議会がそれぞれ別の民意を背負い、緊張関係を保ちながら、互いを監視する仕組みである。

二元代表制の目的は、首長と議会を仲良く一体化させることではない。

むしろ、簡単には一体化しないようにしている。

なぜなら、行政には多額の予算と膨大な情報が集まり、事業を決定し、執行する強い権限があるからだ。首長の判断がどれほど迅速でも、その判断が常に正しいとは限らない。

見通しが甘いこともある。

都合の悪い情報が表に出にくくなることもある。

一度始めた事業を止められなくなることもある。

だから議会は、「早く決めるための応援団」ではなく、「立ち止まって問い直すための機関」として置かれている。

しかし、大阪では現在、大阪府知事と大阪府議会の多数、大阪市長と大阪市会の多数を大阪維新の会が握っている。大阪府議会では維新会派が51人、大阪市会では維新会派が42人であり、いずれも単独で過半数を占めている。大阪府議会・会派別一覧大阪市会・会派別名簿

もちろん、同じ政党に所属していても、議員には行政を監視する責任がある。多数派であることだけを理由に、二元代表制が法律上消滅したとはいえない。

だが、制度が存在することと、制度が実際に働くことは別である。

首長と議会多数派が同じ党の方針と選挙基盤を共有していれば、議員が首長に厳しい質問をすることには、党内での摩擦や政治的な不利益が伴う。行政の問題を追及することが、仲間の失点を広げる行為と受け止められれば、質問も調査も鈍くなる。

形式上は二つの機関があっても、意思決定の源が一つなら、チェック機能は細っていくのである。

「府市一体」の速さと引き換えに、何を失ったのか

大阪維新の会はこれまで、「府市一体」による意思決定の速さを強調してきた。

大阪府と大阪市が同じ方向を向けば、調整に時間をかけず、大きな事業を進められる。これは確かに、一つの利点である。しかし、行政において、調整に時間がかかることは、すべて「無駄」なのだろうか。

別々の組織が異なる角度から検討する。
議会が根拠を問い直す。
反対意見によって見落としが明らかになる。
費用やリスクを再計算する。

こうした過程は、単なる遅れではない。大きな失敗を防ぐための安全装置でもある。ブレーキの付いていない車は、確かに速い。しかし、速いことと、目的地に安全に到着できることは同じではない。

大阪では、万博工事をめぐる未払い問題、なにわ筋線や大阪IRをめぐる費用増大、住之江抽水所の全ポンプ停止事故など、府市一体の「速さ」だけでは評価できない問題が次々と表面化している。それぞれの問題には異なる原因があり、すべてを一つの政党の責任として単純化することはできない。

だが、共通して問うべきことはある。

計画の途中で、誰が異論を唱えたのか。
費用の増大やリスクを、誰が検証したのか。
行政側の説明が不十分だったとき、多数派議会はどこまで立ち止まらせたのか。

問題が発生した後ではなく、発生する前に、チェック機能は働いていたのか。

「二重行政をなくす」という言葉は、多くの人に分かりやすく響いた。

しかし、二重行政をなくすことと、二重チェックまでなくすことではない。

重複する窓口や無駄な事業は整理すればよい。

一方で、異なる組織が別の視点から検証する仕組みまで「遅い」「非効率だ」と切り捨てれば、間違った方向へ進んだとき、止める主体がいなくなる。

今の大阪で深刻なのは、意思決定が一本化されたこと以上に、責任の所在まで一本の組織の中へ溶け込みつつあることである。
知事も同じ党。
市長も同じ党。
議会の多数派も同じ党。
問題を追及する側も、追及される側も同じ党。

これでは、失敗を検証することが、そのまま党の失敗を認めることになってしまう。そのとき、組織には原因を明らかにする力よりも、問題を小さく見せようとする力が働く。

選挙で勝ったから、すべて任せてよいのか

「選挙で選ばれたのだから問題はない」という意見もあるだろう。しかし、選挙は権力を白紙委任する手続きではない。私たちは知事を選ぶ。市長を選ぶ。府議会議員を選ぶ。市議会議員を選ぶ。それぞれを別々に選ぶのは、一人の政治家や一つの政党に、すべての判断を預けないためである。

選挙で多数を得た者にも、説明責任がある。議会には、多数派であっても行政を監視する責任がある。知事には、党派を越えて府内市町村と協力する責任がある。

この役割の違いを曖昧にして、「選挙で勝った一つの民意」にまとめてしまえば、私たちが複数の代表を選ぶ意味そのものが失われる。

多数決は、政治を前へ進めるための方法である。だが、多数決だけで民主主義が完成するわけではない。異論を残すこと。少数意見を記録すること。決定の根拠を公開すること。失敗したときに検証できること。権力を持つ側に説明を求め続けること。これらがそろって初めて、私たちは選挙後も政治の主体でいられる。

交野市民が示したのは「大阪府への反抗」ではない

今回、交野市民は大阪維新の会公認候補ではなく、現職の山本市長を再び選んだ。
これについて、維新反対への狼煙が上がったように書いている維新市政批判者もいる。

しかしこの結果をもって、単に「維新への反抗」や「府政との対立」と捉えるべきではない。

交野市民が、交野市の行政運営を誰に委ねるかを自ら決めたのである。

それ以上でも、それ以下でもない。

大阪府知事に求められるのは、その選択を尊重することである。府の方針に従う市長だけを歓迎するのではなく、それぞれの地域の判断を背負った市長と対話すること。それこそが、大阪府という広域自治体の役割である。

政党の候補者が敗れたことと、大阪府が交野市民に責任を負うことは別の話だ。

「選挙では残念な結果となった。しかし、山本市長の再選に敬意を表し、交野市民のために府市連携を進めたい」

府知事として、この程度の言葉はあって当然だったのではないか。

その言葉が出てこないことに、私たちは現在の大阪府政の問題を見る。

党の勝敗が、行政同士の関係より前に出ている。
政党代表としての顔が、府知事としての顔を覆っている。
そして、大阪全体が「ひとつの政党の物語」へと回収されようとしている。

必要なのは、反対のための反対ではない

大阪に必要なのは、何でも反対する政治ではない。必要なのは、立場の違う者が、根拠を持って「待った」と言える政治である。

首長と議会。大阪府と大阪市。大阪府と府内市町村。行政と市民。

これらが互いに独立し、協力すべきときは協力し、疑問があれば問い、危険があれば止める。その緊張関係は、非効率ではなく、私たちの暮らしを守るための仕組みである。

速さを求めることは悪くない。しかし、速さのために監視を弱めてはならない。一本化そのものが悪いのではない。一本化された権力を、別の場所から点検できなくなることが危険なのである。

交野市長選挙が示したのは、大阪維新の会が一つの選挙に敗れたという事実だけではない。大阪府内には、まだ地域ごとに考え、選び、異なる意思を示す力が残っているということである。

大阪は、一人の知事のものではない。一つの政党のものでもない。

大阪市には大阪市民の意思があり、交野市には交野市民の意思がある。

それぞれの地域が自分たちの代表を選び、その代表同士が対等に話し合う。その関係を守ることこそ、私たちが自分たちの暮らしを自分たちで決め続けるための土台である。

「一本化すれば速くなる」という言葉の次に、私たちはこう問い返さなければならない。

その一本が間違ったとき、誰が止めるのか。

いま大阪に必要なのは、さらに強い一本の指揮系統ではない。

異論を排除せず、権力を相互に点検し、間違いを修正できる複数の目である。

交野市民が示した選択を、府知事が党派を越えて尊重できるか。

それは、これからの大阪に地域ごとの意思が残されるのか、それともすべてが一つの政党の判断へ吸収されていくのかを測る、重要な試金石なのである。

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