行政・政党・個人の立場を混同する戦略
政治家がSNSを使って発信することは、いまや珍しいことではない。むしろ政治家が直接発信することで、有権者との距離が縮まるという側面もある。
この手法は、米国のドナルド・トランプであり、大統領在任関係無しに、個人アカウントを使って政策発表、政党攻撃、個人的感想を混ぜて発信している。
ホワイトハウスの公式声明と、個人のツイートがほとんど区別されない形で政治が進められていたのである。
それは、政治家が自らの「立場」を意図的に混同させながら発信するという方法である。
その悪しき運用は、日本では橋下徹元大阪府知事、そして吉村洋文大阪府知事のSNSでも同様に利用されている。
彼のアカウントは「吉村洋文(大阪府知事)」という名称だ。つまり行政の長としての立場を前面に出したアカウントである。
ところが、その発信内容を見ると、当然のごとく、大阪府知事としての行政発信だけではない。
大阪維新の会としての活動
日本維新の会としての国政活動
政党の主張や政治的批判
選挙的なメッセージ
こうした内容が、大阪府知事という肩書きのまま発信されているのである。
つまり一つのアカウントの中で
大阪府知事(行政の立場)
大阪維新の会(地域政党)
日本維新の会(国政政党)
吉村洋文個人
という複数の立場が、ほとんど区別されないまま混在している。
これは偶然ではない。むしろ「立場」を利用した政治戦略という名の「悪用」と考えるべきである。


上の画像は、日本維新の会のホームページに掲載されている「大阪府知事」の記者会見である。なぜ大阪府のホームページではなく、政党のページ、しかも国政政党のページで大阪府知事の会見が公式にアップされているのか、常識的に考えたら誰にでも分かる話がこのように横行しているのである。
「立場」を政治資源として使う
民主主義の制度では、政治に関わる立場は厳密に分かれている。
行政の長・政党の政治家・一個人としての意見
これらは本来、責任の範囲が異なる。
行政はすべての市民のために働く立場である。
政党は特定の理念や政策を掲げる政治組織である。
個人は自由に意見を述べることができる。
この区別があるからこそ、民主主義の制度は成立している。
ところがSNSでは、この区別を簡単に曖昧にすることができる。
行政の肩書きを使いながら政党の主張を発信する。
政党の政治闘争を行政の記者会見の延長のように見せる。
個人の感想を行政の権威と結びつける。
つまり「立場」そのものを政治資源として利用するのである。
行政の権威・政党の運動・個人の人気
これらを一つにまとめることで、政治的な影響力を最大化することができる。
典型的なポピュリズム戦略
この手法は、典型的なポピュリズム政治の構造と一致している。
ポピュリズムの特徴は、制度よりも「人物」を中心に政治を組み立てることである。
本来、民主主義は制度によって動く。
議会・行政・法律・報道
といった制度が互いにチェックしながら政治を動かす。
しかしポピュリズム政治では、その制度が「既得権」として攻撃される。
その代わりに登場するのが、「直接語りかけるリーダー」である。
SNSは、この構造と非常に相性が良い。
政治家は
メディアを通さず
制度を通さず
直接有権者に語りかける
ことができるからである。
そのとき行政の肩書きを使えば、発言の権威はさらに強くなる。
つまり
行政の立場・政党の運動・個人の人気
を同時に動かすことができる。
これは非常に強力な、立場を使ったポピュリズムの悪用である。
メディアもまた、この構造に巻き込まれている
問題は、この構造がSNSだけで完結していないことである。
多くのメディアが、政治家のSNS発信をそのままニュースとして報道している。
SNS投稿
↓
ニュース記事
↓
テレビ報道
↓
さらにSNS拡散
という循環が生まれる。
こうして政治家の発信は、ほとんど検証されることなく社会に広がる。
しかも発信の主体が「大阪府知事」であれば、その権威はさらに強く見える。
結果として、行政の立場そのものがポピュリズム政治の装置として使われてしまう。
これは制度上、非常に危険な状態である。
これは「政治技法」ではなく「立場の悪用」
ここで重要なのは、この現象を「SNS時代の政治技法」として受け入れてしまうことの危険性である。
確かに政治家がSNSを使うこと自体は時代の流れである。
しかし、
行政の立場を使った政党宣伝
行政の肩書きを使った政治攻撃
公的権威をまとったポピュリズム
これらは政治技法ではない。
むしろ「立場の悪用」である。
民主主義の制度は、役割の分離によって成り立っている。
行政・政党・個人
それぞれが違う責任を持つことで、権力は制御される。
しかしその境界が意図的に壊されれば、権力は非常に強くなる。
行政の権威と政治運動が一体化するからである。
これは民主主義にとって極めて危険な状態である。
私たちはこの構造を見抜かなければならない
SNS政治の問題は、政治家の問題だけではない。
社会全体の問題である。
SNSでは
行政発信・政党発信・個人意見
が同じタイムラインに流れる。
多くの人は、それを区別せずに受け取る。
しかし本来、その三つはまったく違うものである。
だからこそ必要なのは、この政治手法を単なるSNS戦略として理解することではない。
むしろ
「立場を利用したポピュリズム政治」
として認識することである。
行政の肩書きは、政治運動のための道具ではない。
それは社会全体のための公的な立場である。
その境界を守ることこそが、民主主義を守ることである。
SNSの時代であっても、この原則だけは変えてはいけないのである。
ちなみに何度大阪府に抗議しても「知事個人のアカウント運用なので大阪府は管理できない」という回答が返ってくるのみである。
<山口 達也>

