UCOのはじまり~UCO誕生前夜~

2021年大阪の現在地

バブル崩壊後、経済的に低迷を続けていた1990年代を経て、なおも閉塞的な時代が続く大阪。2000年代の後半以降、大阪の風景は大きく変わりました。
グローバル化の名のもとに日本全国、どこもが市場原理の荒波にさらされてはいますが、ここ大阪はそのもっとも激烈な荒海の切っ先いることを感じます。
何よりも、モノやサービスは低価格一辺倒になり、経済的成長を求める声と、生活環境の充実や補償を求める声の対立と分断が進んだように思います。
コトはそう単純でないことを理解しつつも、カネの有無や持つ者と持たざる者との格差は広がり、社会全体の多様性は失われたといってもいいような状況です。
様々な評論で言われるとおり、中間層が失われたことと軌を一にしています。

NEXT OSAKAは、多様を求める

コロナ以前、インバウンド政策をとり、多くの外国人観光客を呼び込むことで「大阪が成長した」ように喧伝されましたが、少なくとも文化都市としての大阪は影を潜めていきました。
食や笑いを売りにはしても、その幅はごくごく狭く、その底も浅くなってはいったように見えます。売れるモノだけ、競争に勝つ者だけが良いとする「市場原理」的な風潮は、自ずと寡占化を生み狭量化していく運命にあります。
売れないもの、人気のないものが排除される、あるいは排除してもよいという考えが蔓延るようになるりました
多様であることは、生物、生命の生き残り戦略の常。同時に多様であることはその土地の文化を豊かにし、特色づけます。その個性がより強く、濃厚に映し出されることで、他との差別化が際立ち、さまざまな恩恵をもたらすのです。

大阪の公共を振り返る

2008年の橋下府政誕生以降、大阪は政治、経済、文化行政を市場原理に基づく政策に大きく舵を切った。
水道、下水道、交通機関などの公共事業の民営化を進めることで、市民の財産、資産は「私企業」へ払い下げられます。保育園、幼稚園、学校などの公教育の廃止や統廃合の名を借りた切り捨ても始まりました。
指定管理者制度を用いて、公民館や区民ホール、公園などの公共施設の管理・運営を企業などの民間が代行することになりました。
施設管理の丸投げと同時に、公共空間内に商業施設が立ち並び、お金を払わなければ利用できない施設が増えました。
教育の中に競争原理が持ち込まれ、児童・生徒間だけでなく、教師、学校同士が「学力」というたった一つの物差しで優劣が決められるといった、およそ教育とはかけ離れた制度に縛られるようになりました。
能や文楽といった伝統芸能や、市民オーケストラなどの文化的資産への補助金などはカットされ、大阪の文化、芸能は画一化され、商業的に成り立つもの以外はその存続さえ危ぶまれる危機的状況に追い込まれました。果たして、大阪市は為政者だけのものでしょうか。一部の急進的な市民だけが自由に謳歌するものでしょうか。
都市の歴史、文化、芸能・芸術、工芸・工業、そしてその中で培われてきたさまざまな資産。これらは広く市民のものであり、広義には公共のものです。
特に大阪では、江戸時代に架けられた多くの橋や運河、明治以降に建てられた数々の学校などは、地元の商人による寄進や篤志家の土地提供などによるものが多く、それが現在にまで引き継がれている。そうした市民の力添えのもとに現在の行政が成り立っていることを忘れてはいけません。

市民でできることは市民で、NEXT OSAKAは自立を模索する

「民間でできることは民間へ」の掛け声の下、民間活力の導入や組織のスリム化、財政再建など、あたかも民間に任せれば、自治体組織がより良くなり、住民サービスが向上するような言説がまかり通っています。
ここで言われる「民間」は「私企業」であり、収益を株主などの利害関係者に分配されることを表しています。公共サービスにおいて、収益、利益は市民に分配されるものであり、必ず再投資されるところにその本質があります。たとえ財政がスリム化されても、その利益が民間に流れてしまうことは本質から逸れています。
私たち自身が、自分たちの声で、NEXT OSAKAを描く。また、未来の大阪を妄想する人たちに寄り添い、共にNEXT OSAKAを描く。市民の力をもってまちづくりを実践する人たちに光を当て、行政と市民の在り方をジャーナリズムの視点で伝え、どんなNEXT OSAKAを思い描くのかを共有する。

対立と分断を超えて、未来を共有できる関係を目指して

はじまりは、2020年の2度目の「大阪市を廃止し、特別区を設置する住民投票」。
おおさか維新の会の松井党首が「住民投票は一度だけ」という発言を反故にして、2度目の住民投票が現実化した時、これに対してノーと声を上げるいくつかの市民団体が生まれました。平松邦夫、中野雅司の二人を共同代表とする「大阪・市民交流会」もその一つでした。ここには、これまでも市政をウォッチしたり、社会活動を行ってきたNPOなど様ざまな団体や個人が集まり、ゆるいながらも情報を共有し、活動を共にしました。活動を続ける中で、これまでこうした社会運動などに係ることのなかった市民も参加し、政治的信条やイデオロギーを超えた交流を行われました。
新聞、テレビ、ラジオを通じて繰り出される住民投票に関する情報に接するたびに、市民から見た正確な情報が発信されていないことを強く感じてました。これは多くの人が同様に感じていました。
同時に、これまでマスコミを通じて発信された情報には、多くの地域コミュニティの実情や、もっと紹介されてもよい様々な活動をしている人の姿が反映されていないことも改めて感じました。

2度目の住民投票が否決という形で終わったとき、新たな大阪市の未来像を描ける出発点になると考えた人は多かったと思います。大阪・市民交流会に集まった人の多くが、そうした未来像や大阪の地域を見直し、発信することを語り合っていたからです。
その中の一つに、市民が、市民の視点で、独自の情報発信の場を持つことも必要ではないかという声がありました。それは思い描かれた数々の夢想の一つにすぎず、実現するとは誰も思っていなかったようにも思います。
ユーシーオオサカは、そうした思いを具体的な形にしようとする第一歩です。
歴史と文化、地域とくらしをベースとして、市民が新たな大阪の未来を描くことからはじめませんか、と語りかける。
「私はこういう大阪にしたい」とか、「ぼくは大阪を魅力的にするアイデアを持っている」とか、みんなの大阪への思いを記事にして、番組にして、みんなが自身で発信する。
ユーシーオオサカは、そんな市民情報発信局を目指します。

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