まちづくり

まちづくりは、人づくり02 夕霧大夫350回忌に向けて ~天王寺区下寺町02~

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取材先
淨國寺
協力
NPO法人まち・すまいづくり

京・島原の吉野太夫、江戸・吉原の高尾太夫とともに「寛永の三名伎」としていまに伝わる「夕霧太夫」。前回は、大阪・下寺町にある淨國寺で毎年行われている、夕霧太夫行列と法要のはじまりについて、淨國寺の好川天臣住職にお話を伺いました。

前回の記事はこちら「淨國寺と夕霧太夫と」

夕霧太夫行列では、好川ご住職が話されているように檀家の方をはじめ、うえまちを中心に活動されている「NPO法人まちすまいづくり」の皆さん、下寺町のお寺など、地域の方だけでなく、数多くの方が携わっておられます。

下寺町の新しい側面や、お寺の持つエピソードがクローズアップされたりすることが、まちづくりの原動力になっていると思われます。
こうした町の新たな魅力づくり、魅力の見直しを支えておられる「NPO法人 まち・すまいづくり」の代表 竹村伍郎さんに、祭りづくりや、まちづくりについてお伺いしました。
NPO法人まち・すまいづくりは、上町台地界隈の歴史や文化、まちづくりについて発信する月刊地域情報紙「うえまち」を発行したり、行政や地域諸団体・企業等との協働で地域活性化を行うなど、「まちづくり活動」「すまいづくり活動」を行なっています。

Q. 夕霧太夫行列を始められたときに特に大切にされたことは何でしょうか。

竹村. 「お墓があるということ。生きておられたということやから、それを尊重して、ただのパレードにならんように、あくまでも法要行列という格式を保ちたいということです。」

Q. このお祭り、毎年 規模も来場者も増えていますが、スタッフの方、協力される方もさぞかし多いのでしょうね。

竹村. 「まちすまいづくりの会員20~30人です。」

Q. 下寺町の発展については今後どのようなことをお考えでしょうか。

竹村. 「下寺町の23カ寺は、非常に仲がいいんですよ。お寺さん同士。
だから一緒になんかやろうという機運が出てきたので、それを手伝おうということ。
また、大阪市内にあって、下寺町の崖の下には、緑地が非常に多く残っているので、そういう自然を大事にしていくようなイベントにしていきたいと思っています。」
※下寺町は、上町台地の西側に位置しており、非常に落差が激しい地帯となっています。


夕霧大夫に関わった様ざまな人に参列してもらおうということで、行列には、太夫さんを育てた旦那衆が加わりました。2021年、氏が鴻原と改めて500年になるという鴻原さんは、お墓が淨國寺さんにある檀家のおひとり。旦那衆として参加された第28代になる鴻原森蔵(こうはらもりぞう)さんにお話を伺いました。

Q. お祭りへの思いを教えてください。

鴻原. 「今回初めて、2年前に映像を見せてもらって恰好ええなと思って。
旦那役として歩かせていただいて、うれしいもんです。
350回忌に向けてずっと続く祭りであれば素晴らしいなと思います。
ここは、夕霧太夫のお墓があるということで、たいへん由緒あるお寺ですので、行列がこの町の名物にになればいいですね。」


淨國寺さんでは、夕霧太夫をイメージした夕霧香も販売されています。
作られているのは、同じ下寺町でお香の販売をされている森川商店さん。
夕霧香をどのようにイメージされたのかをお伺いしました。

Q. 夕霧香はどのような経緯でおつくりになられたんてしょうか。

森川. 「下寺町でお香屋をさせていただいている森川商店の森川です。
メーカーで取り扱っている線香やお香のほか、オリジナルの調合もさせてもらっています。
お香を取扱いさせていただいている関係で、淨國寺さんの夕霧大夫、とても有名でしたので、ぜひ夕霧さんのイメージした香りを作らせていただきたいというお話をさせていただいて、それをきっかけにお付き合いをさせていただいています。」

Q. 夕霧香をどのようにイメージされたのでしょうか?

森川. 「すごく華やかな香りを作るというイメージですね。
時代的にも、お香の中で古典的な香りをメインに、お花の「ジャスミン」の香りをプラスしたり、その他いろいろなお花の香りを加えてして作らせていただいています。」


夕霧大夫行列では、太夫や禿、新造といった女性たちの装束、また簪、履物、傘などのお道具、そして仕草や歩き方など行列を演出するためには、多くの史料や知識が必要です。これらをすべて引き受け、花街の文化や歴史を現代によみがえらせているのが、正蔵寺香苗さん。
大阪御霊神社の夏祭りの武者行列で、花魁を手掛けることになった際、大阪の新町にも夕霧さんという素晴らしい太夫さんがいることを知った正蔵寺さん。夕霧太夫の本当のお墓が淨國寺さんにあるということで、まず夕霧さんにご挨拶をさせていただくという思いからお墓参りをされたそうです。
その時に、ご住職がいらして、ご挨拶したところ、「ぜひ淨國寺でも、夕霧さんのご供養を何らかのかたちでさせていただきたいと考えている」というお話があったといいます。その後、ご住職のご尽力もあり、道中をしましょうということで始めることになった夕霧大夫道中。

現在、着物塾「香蔵(かぐら)」を主宰されている正蔵寺さんに行列ができるまでをお聞きしました。

Q. 太夫の履かれる履物も独自に製作されたとお聞きしています。夕霧太夫道中では、どういったところに注力されましたでしょうか。

正蔵寺. 「衣装はもともとあるものなんですけれども、古いものなので、いろいろなところ。いろいろな方に声をかけさせていただいて、それに伴うものを分けていただいて、そこからいろいろとメンテナンスなどしたりしながら。
簪(かんざし)なども手作りをしました。
太夫さんの三枚歯の下駄、あれは独特なものなんですけど、会津の方に行ってどんなつくりになってるのかなというのを見て、自分の下駄をつぶして、鼻緒はどうなっているのかを見て板を買ってきて、日曜大工をしながら最初は作らせてもらいました。

今年履いていただいた下駄は、初めから比べたら10年近くなりますので、傷んできますし、消耗します。どこかで製作してくださるところはないかと探していたら、奈良の八木の方に特殊な下駄を制作されているというのを発見しまして、そちらの方で特別に作っていただきました。」

正蔵寺. 「横幅もありますけれども、高さが23cmという高さを鼻緒1本で支えております。いまの方は、普通の下駄でさえなかなかはけないという方々。そういう方に高さが23cmで重さが2kgもある下駄を、まして八文字を切って歩いていただくというのは、役者さんたちのほうが大変なんです。
下駄に慣れていただいて、八文字を切るのを毎週毎週お稽古に来ていただいて、ほんとうに一生懸命頑張ってくださった。どうきれいに歩いていただけるのをのを伝えていくか、その人にを頑張っていただくのが苦心するところですかね。」

Q. 夕霧太夫道中へり想いと、今後どのようなことを伝えたいとお考えでしょうか。

正蔵寺. 「大阪の花街を調べていく中で、亡くなった時は、大阪中の旦那衆が皆さん泣いたといわれるくらい大阪の庶民に愛された太夫やったんやな、と。お人柄も素晴らしい人やったんやなと。」

正蔵寺. 「夕霧さんが夕霧さんとして愛されたのはこの大阪の地。大阪の人たちが夕霧さんを受け入れて、育てはったんやな、という思いから、大阪にとっても、長い歴史、文化の中で誇れる人なんじゃないかやないかな。」

正蔵寺. 「花街、遊郭に携わっている女性というのは、太夫職になるくらいの教養に富んで、歌舞音曲に優れた方というのは、戦国時代の戦に負けた軍の妻女が売られてきたというのが残っている。
そういう女性として生きたくないのを、歴史の流れの中で、運命として受け入れざるを得なかったという悲しい歴史もあったんだということを後世の人たちにわかってもらいたいというのもありました。
道中をすることで大阪にもそういうところがあったんやな、というのを思い出してもらえたらありがたい。そのことで皆さんに、少しでもご供養させていただけたらという気持ちがあります。」

正蔵寺. 「太夫さんになられる方の仕掛け、簪も、衣装、打掛とか帯、下駄に至るまで、当時の職人さんたちが手仕事手一つ一つ手掛けられた、伝統的な工芸。世界に誇れる日本人独特の工芸品の、高い技術を持った工芸品の結集、文化的遺産というものがあるということを紹介させていただきたい。
いまでは作ることがかなわないようなものも、細かな細工や豪華なものがあったりするんです。」

正蔵寺. 「まず目指すは、あと6年、夕霧さんの350回忌に 最大の力を結集して、夕霧さんをはじめ、これに携わるいろんな方々を含めてご供養させていただきたいという思いです。」


350回忌の話が出たところで、ご住職、竹村氏にも加わっていただいて、今後どのような形でこの夕霧大夫行列、法要が下寺町で息づくようにしたいかという話となりました。

正蔵寺. 「いろんな歴史の陰に隠れて、忘れ去られてしまっているたくさんの悲しい女性たちを、ねぎらうということではないけれども、そういう人たちもいたんだということをいまの人たちに知ってもらいたいなというのがある。」

竹村. 「太夫が書であったり、お茶を嗜んだり、歌をやって、それを分かる人が育てた、花街というところが。ものすごくお金を使った旦那衆、その存在にももう一度陽を当てた方がええんやないかな。
お茶も嗜まん、書もわからんような成金が来るようなところではなかった。新町であれば船場の旦那衆が盛り上げて、太夫さんを作ったと。」
「イベントとしての行列というのは、ここはお墓があって、由来がやってるイベントという、プログラムをしている350年に向けて、仕掛けをするほうが深みが出る。」

正蔵寺. 「もっといろんな方に入っていただいて、文楽や落語家の方、歌舞伎でも花街を題材にしたものがある。そういう方にもご協力いただいて、できればいいかと。」

ご住職. 「250回忌、300回忌、350回忌とお勤めになられた方が、お勤めくださったのは、お寺がしたんではないんですよね。
そういう方がいらっしゃった。置屋さんであったり、吉田屋さんの末裔の方であったり、その方が寄進というかそういうふうにさせてくださったというのも忘れてはならない。お寺が常に縁の方やからしたんではないんですね。その地域の方であったり、ゆかりの方が務めてくださったんだ、ということあって、残されている文物があるんだ、ということをそういうものを紹介させていただくのも、埋もれさせないためにはいいのではないか。」


夕霧大夫にゆかりのある子孫や町衆によって営まれてきた法要は、250回忌をもって途絶えました。時代を経て、淨國寺を支える檀家の皆さんや、まちづくりの団体、近隣の寺院や地域の方々の尽力もあり、新たな装いをもって再興することとなりました。夕霧大夫という名を借りたイベントではなく、お墓があり、250年にわたって法要が行われてきたという事実。亡くなったことを偲んで歌舞伎や文楽、落語などの題材として今に伝わっていること。また、本人の手による文や、使っていた衣装などが残されていること。そうした実体があるからこそ、当時の文化や歴史を今に伝えると共に、地域のコミュニティを育む力となりえるのだと思います。


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