【2021.10.27号】「古地図でたどる大阪の歴史」第2回 その1 「江戸時代の大坂」と「明治以後の大阪」の架け橋になった巨大区。

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ユーシーオオサカ通信                   2021年10月27日
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本渡章の「古地図でたどる大阪の歴史」~「区」150年の歩み
第2回 その1 「江戸時代の大坂」と「明治以後の大阪」の架け橋になった巨大区。
https://ucosaka.com/20211026_24ku/

本渡章の「古地図でたどる大阪の歴史」は、大阪市を形作ってきた歴史を、その土地の成り立ちと経済、文化など様々な要素を持った「区」から見つめ直そうという試みです。
第2回からは時代の変遷を追いながら、各区の成り立ちやその特徴について見ていきます。
明治12年(1879)に東西南北の4つの区が生まれた当時、現在の大阪市の西部は、江戸時代から浚渫などで埋め立てが進み、大規模な新田開発が行われていたといいます。そして、その西部の大部分を西区として新たな開発が進められることになりました。その大きさは、現在の西区に大正区、港区、此花区、また浪速区の一部を加えた非常に広い地域となっていました。
巨大な西区は明治から大正、昭和にかけての都市開発の重要拠点であったことがわかります。貿易の要である大型船が入港できる近代港の整備、紡績などの大型工場が設置可能な広大な土地整備、軍需を支える新たな重化学工業地帯など、新しい産業を支えたのが西区であったことが明らかになります。
また西区は、外国人居留地を置くことで、新たな文化の発祥地ともなっていきました。2代目となる大阪府庁舎、初代大阪市庁舎が西区江之子島に設置された経過も、今回のお話で理解が進みます。当時の産業発展の拠点を広大な西区にすることこそ、重要な政策だったことがわかります。NEXT OSAKAを考えるとき、今後の産業発展をどの地域から誕生させるのか。150年前同様に、埋め立て地にしようとしている現在の行政の羅針盤は、ほんとうに未来を見据えているのでしょうか。

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