東京オリンピックと大阪万博は酷似している。

今、大阪に住んでいて、コロナ禍のパンデミックな状況の中での東京オリンピックは狂気に思えますよね。責任が取れない、一度始めたら元に戻せない、日本の統治機構とシステム。
色んな方々の思いはあるけど、その状況が戦争に突入していったときの日本の状況に似ていると思うのは私だけではないのではないかと思います。

ドイツは、ワイマール憲法を持っていたのに、ナチスの誕生を止められなかった。
そのことについては未だに強く強く反省しつつ、新たなナチスが誕生しないように何重にも防護線を張っています。

日本はどうでしょう。敗戦後、民主主義は定着したのでしょうか。今の状況を見ていると、民主主義と日本の忖度システムの悪い面が相まって、身動きの取れない無責任状態に陥っているようにも思えます。

強いリーダーシップが求められているのはわかりますが、一人に任せると危険なので、強いチームが必要なのですが、集まると利権となり無責任となり、みんなで決めるがみんなで決められないシステムになる。

東京オリンピックは他山の石ではない。

今、大阪で起こりつつある現実です。

夢洲に誰も住んでない夢洲に、ATCやWTC以上の施設を作る。南港ですら「遠いから南港いややねん」と言っている府民性市民性の大阪人にとって、その先に何千億も掛けて、半年しか使わない万博会場を作り、700億も掛けて地下鉄を作る。

止められないのでしょうか。いいえ、あの党だけは止められます。

WTCを散々二重行政の象徴としてきたあの党なら、ATCの二の舞になるのがわかっている夢洲開発を止めることができるでしょう。
状況は変わったのです。オリンピックを中止できなかった東京都に対して、誘致はしたけど、ゴメン、ちょっと無理や、という英断ができるのは、あの党だけです。

逆にもう今止めなかったら、二重行政とか一元化したから、というバカな話ではなく、単に開発と利権に目がくらんだら、府市民の暮らしはどういうことになるのかという現実となります。

 

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