話題としての新庄新監督
来期の日本ハムファイターズの新監督に新庄剛志氏が就任することを記者会見で観た。
他の監督、ダイエーホークスや他球団も一部監督が替わるのだが、テレビで長々取り上げているのは新庄新監督だけだ。
大阪人の多くは、1年で飽きると思っているだろう。
北海道のファンも、長期政権になるとは思っていないかもしれない。
でも多くのメディアが取り上げているのは新庄新監督なのだ。この事実をどう読むか。
マスコミに利用されるということ
新庄自身は、マスコミの利用の仕方を知っている。それはマスコミに使ってもらえるネタを提供するということだ。衣装、言動、振る舞い。どうすればマスコミが使いたいのかを知っている。
新聞には、写真と共に、どういう言葉なら1面を飾りやすいのか、そのワーディングが重要だ。
テレビには、絵となる動画はどう見せればよいのか、ということが重要だ。
事実は常に報道によって加工されている
例えば、大阪市立高校が大阪府に無償譲渡される絵は、ワードは、どうあるべきか、そのアウトプットから考えたマスコミ戦略が不可欠なのだと改めて感じた。
ステレオタイプ的な絵では、印象もステレオタイプ的に報じられる。
ステレオタイプ的な言葉だと、そのワードもステレオタイプ的に使われる。
マスコミを批判する前に、彼らがどういうアプトプットを望んでいて、どう報道したいのかを考えたプレゼンテーションが必要だと改めて感じた。