政治をマーケットに判断させるという危険思想

ビジネスにおいて、その判断が正しいかどうかは、マーケット=市場=売れるかどうかで決着が付きます。

大塚家具の親子ゲンカによる分裂も、娘さんの判断はかなりの部分失敗していて、大塚家具は地に落ちました。マーケットがそう判断したわけです。非常にわかりやすい指標です。

世の中の役に立つのかどうかとか、少数派の人にも配慮ができているかとかそういうことは関係がありません。売れれば正義で売れなければ退場していただく。これがビジネスのルールとなっています。

ですからそういう売れることが万能であるという指標から外れるものについては、マーケットに判断させるととんでもないことになります。

困っている人を助けるか助けないかもマーケットに判断させていたら、誰も助けることはしなくなるでしょう。そういったモノに、教育、福祉、医療などがあります。

ここにマーケット判断を入れたら、最大多数派閥、もしくは優良コンテンツを除いたら、できるだけ最小化すべきということに結論づけられてしまいますが、人の命に関わることについて、そんな判断は下せないのが人としての道ではないかと思います。

このマーケットに判断させるという部分を「選挙」に置き換えて政党が、おおさか維新の会です。

ここまで死者が出て医療崩壊した大阪の医療行政について、維新の会が全く謝らないし、そのことに興味がないのは、次の選挙で負けたら、初めて「コロナ対策は間違っていた」となり、もし選挙に勝つようなことがあれば、「たくさん死者を出したが、コロナ対策は正しかった」ということになると考えているからです。全ては選挙が決めるという考え方、究極のポピュリズム。ものすごく危険な思想だと感じています。

安全側にいる方にとってはスピード感があってわかりやすくていいんじゃない、と思っているかもしれませんが、そのことで切られる側の府市民、しかも少数派は本当にひどい政治だと感じているはずです。
<続く>

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